討伐軍のスパイ、初日にパスタで寝返る
「確認するが、君は王国討伐軍のスパイだな?」
「……はい」
「そして魔王城に潜入した理由は?」
「……情報収集と内部攪乱です」
「それがどうして、今厨房で麺を捏ねてる?」
「……うっかり食べてしまいまして……その、麺が……、もちもちしてて……」
今朝、魔王城に“清掃員希望”としてひとりの青年が入り込んだ。
名はリド=レイン。
年齢は俺と同じくらい、二十前後。
身なりは地味だが、筋肉のつき方がプロ。
バレバレだった。
「こいつ完全に怪しいなって思ったら、案の定だよ!」
とルナがドヤ顔で言っていた。
だが、逮捕された直後、厨房から漂ってきた昼食の香りで彼が一言。
「……この匂い、城塞西区画のベーカリー“アマント”のイーストに似ている……」
そこからは早かった。
「魔王様直伝のパスタ?」「手練り?」「熟成小麦?」
最終的に彼は、
“第二補助調理兵(仮)”として仮採用された。
スパイなのに。
「でもさ、リドくん、これでいいの?」
「ええ。私は忠誠より味覚を取りました。王国の飯は……味が薄い」
「わかる」
「私の味覚が正しいならば、ここで人生をやり直す価値はある」
魔王様は、「じゃあ試しにこのトマトソース仕上げてみて」と言って去っていった。
いま、リドは鍋と真剣に向き合っている。
完全に職人の顔だった。
俺はというと、朝から“異物混入チェック係”に異動させられていた。
「……うん、たぶんこれ、シチューの中に何かの羽根混ざってる……」
「魔鳥の羽。香り用だよ」
「なるほど!」
もう突っ込まない。
この城のルールは、うまけりゃすべてよし。




