雪原の灯り、城門で交わる
魔王城の大鍋は、夜明け直前まで湯気を上げ続けていた。
その香りは雪原の向こうへと伸び、冷え切った空気の中で温もりの糸のように漂っていく。
「……もうすぐ来る」
窓辺に立った魔王様が、低く呟いた。
「本当に匂いを辿ってこれるのかな」
ダグが不安げに問うと、ルナは微笑む。
「人間の嗅覚を侮っちゃだめよ。
命がけで帰りたい時は、些細な匂いだって旗になるの」
その時――城門前の見張りが叫んだ。
「――人影だ! 雪原の方角から!」
まかない部全員が飛び出す。
白く霞む視界の中、十数の影がゆっくり、しかし確かに近づいてくる。
その足取りは重いが、前へ進む意思がひしひしと伝わってきた。
先頭のギルドマスターが、重く息を吐きながら声を上げた。
「……ただいま……!」
その瞬間、ミナが鍋蓋を外し、城門のすぐ脇で湯気を溢れさせた。
香りが一層濃くなり、討伐隊の顔に笑みが戻る。
「これ……本当に鍋の匂いだ……」
「……帰ってきたんだな、俺たち……」
雪に濡れた鎧、裂けた外套、泥まみれの靴。
しかし、その瞳には敗北ではなく、帰還の誇りが宿っていた。
ソラは笑って叫んだ。
「よく帰ったな! 鍋はお前らを待ってたぞ!」
討伐隊が城門をくぐると同時に、
魔王様が一歩前に出て、全員を見渡す。
「――よくぞ全員で帰ったわね。
さあ、温まりなさい。ここはもう戦場じゃない」
その言葉に、雪原で張り詰めていた空気が一気にほどけた。
⸻
帰還の宴
城の大広間では、鍋を囲む宴がすぐに始まった。
ぐつぐつと煮えるスープをよそい合い、無言で口に運び、
そして誰かが笑えば、次々と笑いが広がる。
「やっぱり……この味だな」
「これ食ったら、ほんとに家に帰った気がする……」
ダグはそんな輪の中で、ふと見慣れぬ顔に気づいた。
背を丸め、外套のフードを深く被った人物が、
まかない部の鍋に視線を注いでいる。
「……誰だ、あの人?」
彼がそっと近づくと、フードの奥から低い声が返ってきた。
「……匂いを辿って来たのは、私も同じだ」
その目は、討伐隊の誰とも違う光を宿していた。




