討伐隊、帰還せず!? 不穏な知らせと“鍋を絶やすな”の命令
その日、厨房はいつもより賑やかだった。
ダグがまかない部の新弟子として本格的に動き始め、
ミナの鍋振りの横で、ルナに切り方を矯正されながら野菜と格闘している。
「おい、根菜は斜めに切るって言ったろ!」
「す、すみません! 斜めが……斜めって何度ですか!?」
「角度の問題じゃない! 魂の問題や!」
そんなやり取りにソラも笑いながら包丁を動かしていた――その時だった。
厨房の扉が乱暴に開き、
息を切らしたギルド使いの男が飛び込んでくる。
「……魔王様! まかない部の皆さん! 至急!」
空気が一瞬で張り詰めた。
魔王様が立ち上がる。
「何があったの?」
「討伐隊が……予定の帰還日を過ぎても戻っていません。
現地の連絡魔法も繋がらないとのことです」
ルナが息を呑む。
ミナは手にした鍋を下ろし、表情を固くした。
「……まさか、全滅……?」
使いは首を振る。
「状況は不明です。ですが、ギルド本部は既に救援部隊の編成に入っています」
沈黙が落ちた。
その中で、魔王様だけは険しい表情を保ちながらも、静かな声で言った。
「――鍋を絶やすな」
「……え?」
ソラが思わず聞き返す。
「今夜から、ここで【帰還の鍋】を作り続けなさい。
火を落とさず、味を絶やさず。
あの人たちが帰ってくるまで、ずっと」
「でも……どうして――」
魔王様はソラをまっすぐ見た。
「料理は、ただの食べ物じゃないわ。
匂いも、湯気も、音も……帰る道を示す灯台になる。
戦場で迷った者の足を、城まで導く“目印”よ」
ダグが小さく呟く。
「……兄も、同じこと言ってました。
『鍋は仲間の旗だ』って」
ソラは深く息を吸い、頷いた。
「わかりました。やります。
――あの人たちが帰るまで、この鍋を守ります」
その夜から、魔王城の厨房では火が灯り続けた。
湯気は城の外まで漂い、夜風に乗って遠くへと流れていく。
それはまるで、
雪原のどこかを歩く仲間たちへの、温かい道標のようだった。




