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今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
303/368

夜に先回りする

夜は、

町を均一に包まなかった。


灯りの多い通りと、

影の濃い裏路地。

人の声が残る場所と、

風だけが通る場所。


風は、

後者を選んで流れていた。


ルナが窓辺で

その揺れを見ている。


「……風……

 低い……

 静か……」


ミナは

装備を確かめながら言う。


「……昼に吠えとったやつ、

 夜は

 黙って動くタイプやな」


ソラが短く応じる。


「会合で負けた人間ほど、

 “正しさ”を

 別の形で通そうとする」


アリアは、

その可能性を

否定しなかった。


(……次は、

 見えないところで

 線を越える)



◆最初の異変


真夜中過ぎ、

風が

一瞬だけ

強く揺れた。


一方向。

短く。

意図的。


ルナが息を詰める。


「……今……

 引っ張った……」


カール(蒼術)が

低く言う。


「……術ではない。

 だが、

 器具の類だ」


ミナが

すぐ理解する。


「……風向標か、

 導流板……

 どっかで

 いじっとる」


それは、

町の公式設備ではない。


個人が持ち込んだものだ。



◆待たない判断


ソラが

アリアを見る。


「……どうする」


アリアは

即答した。


「……先に行く」


ミナが

頷く。


「昼まで待ったら、

 “既成事実”に

 される」


ルナは、

風に囁く。


「……一緒に……

 見に行こ……」


風は、

拒まなかった。



◆裏路地へ


一行は、

灯りの少ない区域へ向かう。


市場裏、

倉庫街。


人の気配はない。

だが、

風だけが

同じ場所を

何度も通っている。


ソラが

地面を見る。


「……跡、

 新しい」


木製の板が、

仮止めされている。


風の流れを

一点に集めるための

簡易導流板。


ミナが

低く唸る。


「……これ、

 明日昼に

 粉挽き小屋に

 向くよう

 仕込んどる」


事故が起きれば、

誰のせいになるか。


言うまでもない。



◆越える直前


アリアは、

板に手を伸ばす前に

止まった。


「……これは、

 “違法”ではない」


ソラが頷く。


「せや。

 でも……

 線は越えとる」


ルナが

震える声で言う。


「……風……

 怖がってる……」


風は、

板の前で

逃げ場を探して

揺れていた。


それが、

十分な答えだった。



◆先に戻す


ミナが

板の固定を外す。


音を立てない。

壊さない。


ただ、

元の流れへ戻す。


ソラは

周囲を警戒しながら

導流の角度を

無害な方向へ向け直す。


カールは、

風の圧を測り、

問題がないことを確認する。


誰も、

“犯人”の名前を

口にしない。


それが、

今やるべきことでは

なかった。



◆残された痕


作業を終えたあと、

アリアは

一枚の札を

導流板の近くに置いた。


公式なものではない。

だが、

町の誰もが

意味を理解できる文言。


「ここは、

 暮らしの風が通る場所」


脅しでも、

命令でもない。


ただの宣言。


ミナが

小さく言う。


「……これ、

 効くで」


ソラも頷く。


「やったやつ、

 “見られた”って

 分かる」



◆夜明け前


宿へ戻る途中、

風は

ゆっくりと

一行の高さに戻ってきた。


ルナが

微笑む。


「……風……

 今……

 怒ってない……」


アリアは

空を見上げた。


(……先に動いたことで、

 “争い”を

 起こさずに済んだ)


それは、

正義ではない。


だが――

線を守る行動だった。



◆朝への余韻


夜が明ければ、

何事もなかったように

一日が始まる。


だが、

誰かは知る。


越えようとして、

越えられなかった線が

あったことを。


風は、

静かに町を巡っていた。


それは――

先回りによって

 守られた夜の風だった。


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