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今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
301/370

決まったこと、決まらなかったこと

決定は、

鐘ではなく、

噂として届いた。


広場の会合が終わってから、

一刻も経たないうちに、

町のあちこちで

同じ言葉が囁かれ始める。


「……当面、

 風は

 管理を続ける、

 らしい」


「でも、

 前よりは

 緩めるって……」


「誰が決めるんや?」


誰も、

はっきりした文言を

知らない。


それが、

一番の問題だった。


ミナが露店の端で

その声を聞き、

小さく舌打ちする。


「……“当面”とか

 “緩める”って、

 一番揉めるやつやん」


ソラが頷く。


「線、

 引いてへん」


アリアは、

その曖昧さが

意図的だと理解していた。


(……決めすぎると反発が出る。

 決めなさすぎると、

 現場が割れる)



◆現場に出る歪み


午後、

市場の裏手で

小さな衝突が起きた。


粉挽き小屋の前。


風の流れを

調整するための器具を

誰が触るかで

言い争いになっている。


「昨日から、

 俺が見てる!」


「勝手に触るな!

 決まりはまだだ!」


風は、

その上で

細かく乱れていた。


ルナが

眉をひそめる。


「……風……

 引っ張られてる……」


これは、

事故ではない。

だが、

放っておけば

事故になる。



◆呼ばれなかった理由


ミナが低く言う。


「……今やったら、

 うちら、

 “関係者”やない」


ソラが即座に続ける。


「せや。

 せやから、

 割って入れる」


アリアは頷いた。


「……意見を

 通しに行くんじゃない。


 作業をしに行く」


それは、

会合に招かれなかったからこそ

選べる立場だった。



◆割って入る


アリアは

粉挽き小屋の前に立ち、

争っている二人の間に

自然に入った。


声を張らない。


「……粉、

 今日は

 どれくらい挽く予定ですか」


二人は

拍子抜けした顔になる。


「……え?」


ミナが続ける。


「今の風やと、

 昼までに

 全部は無理やな」


ソラが

器具をちらりと見て言う。


「朝の流れ、

 ちょい強かったやろ。


 今は、

 落ちとる」


言い争いが、

作業の話に

すり替わる。


ルナは、

黙って

風の高さを調整する。


触らない。

ただ、

人の動きを

妨げない位置に立つ。



◆摩擦の正体


一息ついたところで、

若い方が

ぽつりと漏らす。


「……誰が決めるか、

 分からんから、

 怖いんや」


年長の方も

黙って頷いた。


アリアは、

そこにだけ

言葉を置いた。


「……決める人が

 一人だと、

 楽です。


 でも、

 責任も

 一人に集まります」


二人は

顔を上げる。


「……昨日の会合は、

 それを避けた。


 だから、

 現場で

 迷いが出ている」


責めない。

評価もしない。


ただ、

構造を

言葉にしただけだった。



◆風の反応


風は、

粉挽き小屋の中で

ゆっくり巡り始める。


均一ではない。

だが、

引っ張られてもいない。


ルナが小さく言う。


「……風……

 今……

 “待てる”……」


それは、

誰かが決めるのを

待つ風だった。



◆小さな合意


年長の男が

咳払いをして言った。


「……今日は、

 半分だけ挽こう」


若い男も

うなずく。


「……残りは、

 明日」


誰も

勝ち負けを

言わなかった。


だが、

作業は進む。


それで、

十分だった。



◆夕暮れ


市場のざわめきは、

昼よりも

少し低くなっている。


完全には

収まっていない。


だが、

火は上がっていない。


ミナが

小さく笑う。


「……呼ばれんかったん、

 ほんま、

 正解やな」


ソラが頷く。


「“決める人”に

 ならんで済んだ」


アリアは、

町の中心を

見渡した。


(……この町は、

 まだ揺れる。


 でも、

 揺れながら

 自分で探し始めている)


風は、

暮らしの高さを保ったまま、

町を巡っていた。


それは――

決定よりも、

 調整を選んだ風の姿だった。


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