魔王様、火加減だけで厨房を黙らせる
「焦げた?」
「はい。爆発とともに」
「ふーん。じゃあ、わたしの番ね」
魔王様が、厨房に降臨した。
昼の一番忙しい時間に、前触れもなく。
大釜を囲む料理人たちが全員ピシッと背筋を伸ばしたのを、俺は見逃さなかった。
「で、この鍋。野菜スープ、よね?」
「は、はいっ、魔王様。ですが、味の調整が難航しておりまして……」
「ん。じゃあ火、ちょうだい」
「は、火……?」
「うん、“魔力制御された火”って、料理で使うと便利なのよ。知らない?」
魔王様は、両手をかざして詠唱もせず、
鍋底にだけピンポイントで魔力を送った。
ぶわっと香りが立つ。
次の瞬間、焦げかけていたスープから、
焼き玉ねぎと香草の甘さがふわっと立ち上がった。
「……あっ。香り、戻った……!」
「うん。これでいい。ミナ、次のをお願い」
「はいっ!」
「ソラ、味見お願いね」
「えっ、俺!?」
「さっき味覚検査通ってたでしょ。“グルノワ推薦”なら信用してるから」
「魔物推薦で味見係に昇格する世界って何!!」
スプーンを口に含む。
優しい。
ハーブの香りが立って、野菜の甘みがしっかり出てる。
その奥に、ふっと香るスモークソルト。魔王様が最後にふったらしい。
「う、うまい……」
「ふふ、でしょ?」
──魔王様。
名前はまだ聞いてない。
でもこの人、きっと“飯”だけで人を動かすつもりだ。
その日から、俺の役職名がひとつ増えた。
《魔王様直属・第一味見兵》
なんだその肩書き。




