森の口で待つ者
風を吸う洞窟をようやく抜け出すと、
森の空気は再び動きを取り戻していた。
湿った空気の流れ、土の匂い、
小鳥の羽ばたき――
すべてが“生きている”。
新しい風は胸の光を小さく明滅させ、
アリアの支えを借りながら
ゆっくり外へ出た。
ミナが深く息をつく。
「ふぅ……やっと外や……
もうあの洞、二度と入らへんで……」
ソラも疲れた顔で言う。
「外の風が心地ええわ……
風も少し、戻ったみたいやな」
ルナが風の頭をそっと撫でる。
「ねえ……
帰ろう、魔王城へ……
早く魔王様に見せなきゃ……」
風は沈黙のまま、
しかし優しく揺れて応えた。
⸻
◆森の外――違和感のある気配
森の出口に近づいた瞬間だった。
アリアが手を止め、
突然、表情を引き締める。
「……誰かいる」
ソラが反射的に刀へ手を伸ばす。
ミナも杖を構え、
ルナが風を庇うように抱き寄せた。
森の外――
陽の光が差し込む明るい草地に、
“ひとつの影”が立っていた。
黒でも白でもない。
その影は――
淡い茶色の風衣をまとった人物だった。
年齢は若い。
少年にも見えるが、
その目に宿るものは老練な風の流れだった。
「やっと見つけた」
柔らかいが、
風を読む者のように深い声。
アリアが警戒しつつ問いかける。
「あなた……誰?」
⸻
◆“茶の風衣”をまとう者
その人物はゆっくり近づき、
風をまっすぐ見つめた。
「君が――
“新しい風”か」
風はわずかに揺れる。
声は出ない。
だが、何かを確かめるように
その人物を見返す。
少年のような風衣の者は、
まかない部の前で立ち止まり
静かに名乗った。
「俺はレヴ。
“風を継ぐ道”に生きる者だ」
ミナが眉を上げる。
「風……を継ぐ……?
なんや、その道って」
レヴは淡く笑った。
「風は継がれる。
生まれ変わりを繰り返し、
時に分かれ、
時に帰る。
俺は、その“流れ”を見届ける役目だ」
アリアは険しい顔で言う。
「それって、
霧の男や白い影と同じ立場なの?」
⸻
◆レヴの立ち位置は“第三の風”
レヴは首を振った。
表情は柔らかいが、
その目の奥がどこか冷静で研ぎ澄まされている。
「いや、あいつらとは違う。
霧の男は“均衡”に、
白い影は“守り”に偏っている。
俺はそのどちらでもない」
ソラが眉をひそめる。
「じゃあ、お前は何者なんや」
レヴは
風の胸に宿る光をそっと見つめた。
「俺は――
“風の未来を見る者”だ」
その言葉は、
洞窟の暗闇とは違う、
しかし油断ならない響きを持っていた。
⸻
◆レヴが語る“風を喰う洞”の正体
アリアは距離を保ったまま尋ねる。
「さっきの洞窟……
あなた、知ってるの?」
レヴは静かに頷いた。
「あれは“風路狩りの碑”。
風を弱らせ、
ゆっくりと“風の意志”を奪う装置だ」
まかない部は息を呑んだ。
レヴはさらに続ける。
「そして……
それを設置したのは、
“風の主”に挑もうとする者たちだ。
風を弱らせ、
主の力を奪うために
ああいう碑を各地に置いている」
ミナが青ざめる。
「風の主って……
いったい何者なん……?」
レヴの目がわずかに揺れる。
「まだ言えない。
ただ……
君たちが魔王城に戻る前に、
必ず伝えるべきことがある」
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◆レヴが“風”に向けた言葉
レヴは静かに一歩近づき、
沈黙した風の胸へ手を伸ばした。
アリアが緊張して身構えるが、
レヴの手は攻撃的ではなく、
優しく風に触れた。
「心が二つ揺れている。
“沈黙の封”はまだ続く。
だが――
君は心配いらない。
君の二つの心は、
いずれ必ず、同じ風になる」
風の光が、
わずかに明るく揺れた。
レヴは続ける。
「俺は敵ではない。
ただの“風の案内人”だ。
……必要とあらば、
魔王城まで同行する」
⸻
◆結び:新たな“味方”か、それとも……
レヴの言葉は
明らかに敵意を持たない。
だが――
アリアはまだ警戒を解かない。
「……あなたの言葉は信じたい。
でも、あなたの目的がまだ見えない」
レヴは笑った。
「それでいい。
俺は君たちの歩みを妨げない。
むしろ――
“風の主に会うなら、
君たちの旅はここからが本番だ”」
風がわずかに震える。
魔王城に帰る途中、
第三の“風の勢力”が加わった。
この出会いが
味方になるか、あるいは――
新たな火種になるのかは、
まだ分からない。




