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今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
222/275

影、風の中より

広場の風が、突然“形”を持ち始めた。

 それは砂塵でも霧でもない。

 風そのものが、輪郭を探すように濃く、重く渦を巻いたのだ。


 アリアが歯を食いしばる。

「……来る。風の奥に潜んでいた“誰か”が」


 ルナが誓いの布を必死に抱え直した。

「布が震えてる……怖がってるみたい」


 ミナはまな板を握るような手つきで柄杓を構えた。

「どんな奴でも、ここで暴れさせるわけにはいかんで」


 ソラは風の動きを読むために目を細める。

「輪郭……出てきよるな。気配が濃い」


 


 その瞬間。


 広場全体の風が一斉に逆巻き、

 渦の中心から“影の塊”がゆっくりと背を伸ばした。



影の輪郭


 黒い渦の内部に――

 人型の影が立っていた。


 顔はまだ見えない。

 腕も、輪郭の半分しか形を成していない。

 しかし、その“存在感”だけで、

 兵士たちの喉は音を失った。


 神官の一人が震える声でつぶやく。

「……あれは……まさか……

 風裂きの異端者……?」


 別の神官が口元を覆う。

「禁じられた“風の否定者”が……

 本当に存在していたというのか……」


 兵士も狼狽し、槍の先が震えた。

「風を……裂く者……?

 風の国の根を否定する存在だぞ……!」


 影はゆっくりと首を傾けた。

その動作ひとつで、広場の旗が三本、同時に折れ曲がった。


 まるで、風が屈服したように。



威圧


 アリアが一歩前に出た。

その瞬間、影の輪郭が“こちらを向いた”とわかった。

視線は見えないのに、確かに感じられた。


 空気が、押しつぶされるように重くなる。

 風が沈み、広場の温度が数度下がったかのようだ。


 影が声を発した。

風が裂かれたときと同じ、ざらりとした音。


 


「……不要だ……

 誓いも……風も……」


 


 その声だけで、旗がばさりと落ちた。

 市民たちが息を呑む。


 アリアが布を掲げる。

「風と人は共に在る。

 その誓いを否定する権利は、誰にもないわ」


 影の輪郭が、わずかに揺れた。

笑ったようにも、怒ったようにも見える輪郭の震えだった。


 


「……共に……?

 人は風を従えようとし……

 風は人を導こうとする……

 均衡など……虚構だ……」


 


 ルナが小さく震える声で言った。

「……風の声を……否定してる」


 ミナが影に向かって低く言い放った。

「うちらは風を従えとらん。

 ただ、隣に居たいだけや。

 それの何が気に入らんねん」


 影の輪郭がさらに濃くなる。

 鋭い風が足元から走り、

 石畳に細い傷が刻まれた。


 ソラが息を呑んだ。

「……都に喧嘩売っとるな、あれ」



崩れゆく均衡


 影の存在が広場の中心に立つだけで、

 風の均衡が揺らぐ。

 白旗の裂け目がまた広がり、裂けかけた布が悲鳴をあげるように揺れる。


 アリアは布を強く抱きしめ、

 その震えを受け止めるように目を閉じた。


 


「風よ……逃げないで。

 この誓いはあなたを守る。

 あなた自身のための記憶よ……」


 


 誓いの布が光を帯び、

 影の渦へと静かに光を返す。


 しかし、それでも影は後退しなかった。

 光を飲み込み、丸め、ねじり、

 風の中で黒い輪郭をさらに濃くしていく。


 


 広場の風が凍りつく。


 影が、本当の姿を現そうとしていた。


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