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今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
215/269

旗の都

峠を越えた風が、ひときわ強くなった。

 遠くに見える都は、幾千もの旗で覆われていた。

 赤、青、白、金――。

 それぞれが風にたなびき、陽光を乱反射させていた。


 ミナが目を細めて言った。

「えらい派手やな……まるで空が旗に乗っ取られとるみたいや」


 ソラが苦笑する。

「風の都言うより、“旗の森”やな」


 アリアが頷いた。

「この国は“ファルメリア”。

 風を統べる国として知られている。

 でも今は、旗を巡って分かれているの――

 “風を信じる者”と、“旗を信じる者”で」


 ルナが不安げに空を見上げた。

「……どっちも、風を想ってるはずなのに」



旗の国


 城門をくぐると、そこには巨大な広場があった。

 中央には白い旗が掲げられ、

 その布には“風の印”――渦を描く紋章が刻まれていた。


 兵士たちは赤い旗を、神官たちは青い旗を、

 市民たちはそれぞれ異なる色を掲げている。

 同じ風を讃えるはずが、

 いつのまにか色ごとに誇りを競い合うようになっていた。


 ミナが眉をひそめる。

「これ……まるで飯の味比べが戦争になったみたいやな」


 ソラが低く言った。

「誰が旗を“正しい風”って決めたんやろな」


 アリアは静かに答える。

「誰も決めていない。

 でも、人は“見える風”を求めてしまうの。

 旗は、その代わりになったのね」



不穏な風


 広場の端では、人々が声を荒げていた。

 「南の風は弱い!」

 「東の風こそ真の導きだ!」


 旗が揺れ、風が絡み合い、

 空の流れさえ乱れ始めていた。


 ルナが顔を上げ、驚いた声を上げる。

「……風が、喧嘩してる」


 アリアがうなずく。

「この国の風は、心を映す。

 だから、人が争えば風も荒れる」


 ミナが鍋の蓋を押さえた。

「風が強すぎて火がつかへんやん……

 飯も炊かれへん国なんて、あかんなあ」


 ソラが苦笑する。

「せやな。ほな、風の機嫌取る飯でも出したろか」


 ルナが静かに微笑んだ。

「風の“味”を、思い出させるんだね」



結び


 空を舞う旗たちが、夕日を浴びて赤く染まっていた。

 その中で、ひときわ古びた白旗がゆらゆらと揺れている。


 アリアがそれを見上げて呟いた。

「――あれが、“初めの旗”。

 風が最初に選んだ布。

 けれど、誰ももう、その意味を知らない」


 ミナが静かに言った。

「風が旗になったんやなくて、

 人が旗に風を閉じ込めたんやな……」


 ソラが肩を叩いた。

「せやけど、閉じ込めたもんは、また出せばええ。

 風は逃げへん」


 アリアが小さく頷く。

「――まかない部は、風を思い出させる。

 争う人々に、“風の音”を届けましょう」


 


 夕暮れの中、旗の都に吹く風が変わり始めた。

 まるで、遠くで眠っていた何かが目覚めるように。


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