旗の都
峠を越えた風が、ひときわ強くなった。
遠くに見える都は、幾千もの旗で覆われていた。
赤、青、白、金――。
それぞれが風にたなびき、陽光を乱反射させていた。
ミナが目を細めて言った。
「えらい派手やな……まるで空が旗に乗っ取られとるみたいや」
ソラが苦笑する。
「風の都言うより、“旗の森”やな」
アリアが頷いた。
「この国は“ファルメリア”。
風を統べる国として知られている。
でも今は、旗を巡って分かれているの――
“風を信じる者”と、“旗を信じる者”で」
ルナが不安げに空を見上げた。
「……どっちも、風を想ってるはずなのに」
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旗の国
城門をくぐると、そこには巨大な広場があった。
中央には白い旗が掲げられ、
その布には“風の印”――渦を描く紋章が刻まれていた。
兵士たちは赤い旗を、神官たちは青い旗を、
市民たちはそれぞれ異なる色を掲げている。
同じ風を讃えるはずが、
いつのまにか色ごとに誇りを競い合うようになっていた。
ミナが眉をひそめる。
「これ……まるで飯の味比べが戦争になったみたいやな」
ソラが低く言った。
「誰が旗を“正しい風”って決めたんやろな」
アリアは静かに答える。
「誰も決めていない。
でも、人は“見える風”を求めてしまうの。
旗は、その代わりになったのね」
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不穏な風
広場の端では、人々が声を荒げていた。
「南の風は弱い!」
「東の風こそ真の導きだ!」
旗が揺れ、風が絡み合い、
空の流れさえ乱れ始めていた。
ルナが顔を上げ、驚いた声を上げる。
「……風が、喧嘩してる」
アリアがうなずく。
「この国の風は、心を映す。
だから、人が争えば風も荒れる」
ミナが鍋の蓋を押さえた。
「風が強すぎて火がつかへんやん……
飯も炊かれへん国なんて、あかんなあ」
ソラが苦笑する。
「せやな。ほな、風の機嫌取る飯でも出したろか」
ルナが静かに微笑んだ。
「風の“味”を、思い出させるんだね」
⸻
結び
空を舞う旗たちが、夕日を浴びて赤く染まっていた。
その中で、ひときわ古びた白旗がゆらゆらと揺れている。
アリアがそれを見上げて呟いた。
「――あれが、“初めの旗”。
風が最初に選んだ布。
けれど、誰ももう、その意味を知らない」
ミナが静かに言った。
「風が旗になったんやなくて、
人が旗に風を閉じ込めたんやな……」
ソラが肩を叩いた。
「せやけど、閉じ込めたもんは、また出せばええ。
風は逃げへん」
アリアが小さく頷く。
「――まかない部は、風を思い出させる。
争う人々に、“風の音”を届けましょう」
夕暮れの中、旗の都に吹く風が変わり始めた。
まるで、遠くで眠っていた何かが目覚めるように。




