南への道
朝の陽が、丘の稜線を越えていた。
まかない部の荷車の車輪が、草の露をはねる。
風は背中から吹き、道の先を撫でながら誘うように流れていく。
ミナが軽く鼻歌を口ずさみながら言った。
「ええ風やなぁ。
ほんのり甘い。どっかで花が咲いとるんやろか」
ソラが笑って帽子を押さえる。
「風に花の匂いが混ざると、旅も腹減るなぁ」
ルナが空を仰いで微笑む。
「この風……“行き先を知ってる”みたい」
ダグがゆっくりと頷く。
「風が知ってるなら、迷う必要はない。
ただ歩けば、辿り着く」
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丘を越えて
道は緩やかに続いていた。
丘の上では小鳥が風を切り、
遠くには白い羊の群れが見える。
まかない部の荷車の音に誘われ、
羊飼いの少年が手を振ってきた。
ミナが笑顔で応える。
「ええ天気やなー! 風に負けんなよ!」
少年が笑って、帽子を振り返す。
風がその帽子を持ち上げ、丘の向こうへ運んだ。
少年は追いかけずに、ただ笑って見送った。
ルナが小さく言った。
「……風の贈りもの、またひとつ」
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道端の香り
昼ごろ、道端の林の中で休憩をとった。
ミナが鍋を出し、川の水でスープを仕込む。
香草を刻むと、風がそれを攫って運んでいった。
「おいおい、まだ味見してへんで!」
ソラが笑いながら空を見上げる。
ルナが静かに手を伸ばし、風を受ける。
「味は、ちゃんと風に覚えさせておきましょう」
ミナが頷く。
「そしたら、次の町の誰かに届けてくれるやろな」
その言葉に、全員が自然と笑った。
まるでそれが当たり前のことのように。
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風と影
午後になると、太陽は高く昇り、
道の影が少しずつ短くなっていく。
丘の向こうに新しい谷が見えた。
風がその谷から吹き上げてきて、
まかない部の衣を軽く持ち上げる。
ルナがその風を感じながら言った。
「谷の向こうに町の気配がある。
風が、人の息を運んでる」
ソラが荷車を押しながら笑う。
「人の息なら、飯の匂いもあるかもしれんな」
ミナが肩を揺らして笑った。
「どんな町やろなぁ。
“香りを閉じる町”って話、気になるわ」
ダグが前を見据えて言う。
「閉じる者がいるなら、開ける者もいる。
風は、両方の間を通っていく」
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結び
夕方、空が茜に染まり始めたころ、
丘の上に立つ風車がひとつ見えた。
その羽根がゆっくりと回っている。
ルナが小さく呟いた。
「次の町も、風と共に生きてる」
ミナが鍋を荷車に押し込みながら言う。
「ほんなら、うちらの“まかない”も負けてられんな」
ソラが笑って、風に向かって帽子を振る。
「おーい、次も頼むで! ええ風や!」
風が答えるように吹き抜けた。
柔らかく、力強く、まるで祝福のように。
――南への道は、明るかった。
誰も急がず、誰も振り返らず、
ただ、希望の風の中を歩いていた。




