風の贈りもの
夜明けの光が、港をやさしく照らしていた。
波は穏やかで、昨日までの荒れ模様が嘘のようだった。
風も落ち着き、ただ潮の香りを運んでくる。
ミナが桟橋を歩きながら言った。
「静かやなぁ……。まるで風が“寝坊”したみたいや」
ソラが笑う。
「ええこっちゃ。たまには風も休ませたれ」
ルナが海面をのぞき込んだ。
「……でも、何か残していった気がする」
その言葉のあと、
波打ち際の岩の隙間に、何かが光った。
ミナがしゃがみ込み、手を伸ばす。
「ん? これ……箱やな。潮に磨かれてピカピカや」
それは手のひらほどの大きさで、
金属とも木ともつかない、不思議な質感をしていた。
風に撫でられるたび、淡い光を放つ。
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風が運んだ箱
四人が囲んで覗き込む。
ソラが慎重に蓋を開けると、
中には風で舞い上がったような白い羽が一枚と、
小さな巻紙が入っていた。
ルナが指で広げ、そっと読む。
> “風の道は、まだ終わらぬ。
> 新たな香りを求め、南へと吹く。”
ルナが顔を上げる。
「……これ、誰かが書いたものじゃない」
アリアが静かに言った。
「風が通る地では、こういう“贈りもの”が時々届くの。
次に吹く道を知らせる合図よ」
ミナが目を丸くした。
「ほんまに風が届けたんか……!
うちら、風に“呼ばれとる”んやな」
ソラが帽子を押さえ、にやりと笑う。
「南やて? 風の腹ごしらえに、ちょうどええ方向やんけ」
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アリアの言葉
アリアは箱をそっと閉じ、両手で包み込んだ。
その表情はどこか名残惜しげで、しかし穏やかだった。
「風は導くだけ。
行くかどうかは、あなたたちが決めることよ」
ルナが静かに頷いた。
「でも、きっと行く。
風が誰かを待ってる気がするの」
ミナが笑う。
「ほんなら、まかない部の出番やな。
“お腹と心の風通し”する係、やっとるで!」
ソラが鍋を肩に担ぐ。
「また新しい町、また新しい風。
どんな味が待っとるか、楽しみやな」
アリアが微笑み、風に向かって言った。
「――この人たちを、ちゃんと運んであげてね」
風が優しく吹いた。
まるで返事のように、灯台の風鈴が一度だけ鳴る。
⸻
出発の朝
荷車の音が道に響く。
港町の人々が手を振る。
誰も泣かず、誰も止めない。
それがこの町の流儀だった。
パン屋の女主人が笑って言った。
「次に来るときは、南のパンの話を聞かせてね!」
ミナが笑い返す。
「ほな、お土産は風に乗せて届けるわ!」
ソラが空を見上げる。
帆の端がひらめき、風が再び流れ始めていた。
ルナがその風を受けて、目を細める。
「ほら――もう始まってる」
ダグが荷車を押しながら呟いた。
「風の道は、止まらない。
なら俺たちも、止まる理由はない」
――風が、背を押した。
やさしく、しかし確かな力で。
それはまるで、
“ここまでの答え”に満足したかのような吹き方だった。
まかない部は歩き出す。
新しい風の中へ。




