表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
188/261

風の記憶

朝の空気は、まだ夜の名残を抱いていた。

 広場の灯は消え、灰色の煙が空に溶けていく。

 宴の後の静けさは、不思議と寂しくはなかった。

 代わりに、胸の奥で何かが“続いている”と感じた。


 ミナが荷車の後ろで鍋を磨きながら言う。

「風、今朝もよう吹いとるな。

 なんか……“見送り”っぽいなぁ」


 ソラが笑う。

「いや、“行け”や。

 見送る風より、押してくれる風の方がええ」


 ルナが目を細め、塔の方を見た。

「……聞こえる?」


 微かな音が、風に混じっていた。

 笛でも鐘でもない。

 けれど、言葉のような、祈りのような響き。



塔の声


 塔の最上部で、金属の輪がゆっくりと回転していた。

 昨夜の光はもうない。

 けれど、その静かな回転が風の流れを生み出していた。


 まかない部が近づくと、

 風が彼らの足元を撫で、塔の奥から音が響いた。


 ――『巡りゆく者たちへ』


 声は柔らかく、どこまでも静かだった。

 それは人の声でも、神の声でもない。

 風そのものの声だった。


 ――『我らは見てきた。

   争い、恐れ、祈り、そして赦し。

   すべてが吹き抜け、すべてが混ざり、また流れていった』


 ルナが静かに目を閉じた。

「……風の記憶が、語ってる」



託される言葉


 風の声は、さらに続いた。


 ――『次に吹く地にも、人の息があるだろう。

   そこでもまた、風は問われる。

   “生かすか、縛るか”――その選びは、旅する者たちに託す』


 ソラが小さく笑う。

「うちらのこと、ようわかっとるな」


 ミナが頷く。

「せやけど、難しい宿題やな。

 風は自由やけど、人の心はよう迷う」


 風がその言葉を聞いたように、やわらかく吹いた。

 それは慰めでも、命令でもなく――

 まるで「それでいい」と言っているようだった。


 ルナがそっと呟く。

「風は“答え”を求めてないのね。

 ただ、“歩み”を見ていたいだけ」


 ダグが静かに頷く。

「風は記録し、流す。

 なら、俺たちは“続ける”だけだ」



贈られた兆し


 風が塔の周りを一周し、

 四人の間をくぐり抜けた。

 その一瞬、ソラの肩に柔らかな光が触れた。


 ミナが驚いて言う。

「……今、光った?」


 ルナが微笑む。

「風が印を残したの。

 “ここを通った”っていう、証みたいなもの」


 光はすぐに消えたが、

 風の香りはしばらく残っていた。

 それは焚き火の匂いでも、草の匂いでもない――

 “旅立ち”そのものの香りだった。



結び


 ミナが鍋を荷台に積みながら言う。

「風って、優しいなぁ。

 言葉やなくても、ちゃんと伝わる」


 ソラが頷く。

「せやけど、油断したらすぐ後ろ押してくるんや。

 “行け行け”言うてな」


 ルナが微笑む。

「風は、止まることを知らないのよ。

 だからこそ、命も続く」


 ダグが最後に塔を見上げた。

「記憶は風に残り、風は人に渡る。

 ――それで十分だ」


 


 まかない部は風の流れに身を預け、

 新しい地平へと歩き出した。


 


 風は彼らの背を押し、

 まるで祝福するように、柔らかく吹き抜けた。


 


 ――その風の中に、

 未来へと託された言葉が確かに響いていた。


 『また会おう。どこかの風の交わる場所で。』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ