風を渡る者たち
朝靄が晴れ、風が渡ったあと――
まかない部は、対岸の森へと足を踏み入れた。
土は乾き、木々の葉はざらついていた。
風は確かに吹いている。
けれど、その流れはどこか“意志的”だった。
ルナが立ち止まる。
「……この風、自然の匂いじゃない。
“誰か”の手が入ってる」
ソラが頷いた。
「吹き方に癖があるな。まるで決まりごとのようや」
ミナが鼻をひくつかせる。
「匂いまで揃いすぎとる。
ほんまの風って、もっと気まぐれやのに」
ダグが短く言った。
「ここでは、風が支配されている」
⸻
風を縛る塔
森を抜けると、岩の丘の上に塔が見えた。
塔の周囲には、金属の輪がいくつも回転している。
風がそこを通るたび、鈍い音を立てて光を放つ。
ルナが目を細めた。
「風を……閉じ込めてる?」
ソラが息を呑む。
「まるで“風の牢”やな……」
塔のふもとには、数人の人影があった。
彼らは灰色の衣をまとい、目元に薄い布を巻いている。
手には細い管――笛のような道具を持っていた。
笛を吹くたび、塔の輪が震え、風が形を変える。
それは旋律ではなく、命令のようだった。
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風使いたち
まかない部が近づくと、
ひとりの青年が振り返った。
その瞳は淡い青で、風のように掴みどころがない。
「……旅の者か。
ここは“風の座”――風を制す者たちの地だ」
ソラが言葉を選びながら答える。
「制す、って……操っとるんか?」
青年は誇らしげに頷いた。
「風は混沌だ。
だからこそ、形を与えねば世界は保たぬ」
ルナが眉をひそめた。
「風は形を求めていないわ。
ただ流れて、人と共に在るだけ」
青年の瞳が冷たく光る。
「……弱き者は、風に委ねることを“共に在る”と呼ぶ。
我らは違う。風を使いこなすことこそ、真の共生だ」
ミナが小声で呟く。
「言うてること、まるで風を道具扱いやな」
ダグが静かに杓子を下ろした。
「風を掴んだつもりで、息を止めとるだけだ」
⸻
風の罠
青年は杖を掲げた。
塔の輪が一斉に回転し、周囲の風が渦を巻く。
地面が鳴り、髪が浮く。
「見せてやろう――支配された風の力を」
風が爆ぜた。
木の葉が上へと舞い、空が歪む。
けれどその風は、生きた風ではなかった。
ルナが息を呑む。
「風が……泣いてる」
ソラが叫ぶ。
「止めろ! 風は命や、鞭打つもんやない!」
青年は笑った。
「ならば証明してみせろ。
風を“解く”力を持つ者ならな」
⸻
結び
風が塔の上で暴れた。
だが吹き荒れる音の奥に、
まかない部の鍋の蓋が――かすかに鳴った。
ミナが微笑む。
「風の音と飯の音、どっちが強いか見せたろか」
ソラが杓子を構える。
「風が人の味を思い出すまで、混ぜ続けたる」
ルナが静かに呟いた。
「風よ……お前の本当の形は、“自由”の味」
ダグが短く言う。
「支配する風は、いずれ自分を裂く」
――塔の上で、風がひときわ強く鳴いた。
それは命令ではなく、悲鳴のようであり、
やがてどこか懐かしい、自由の音に変わっていった。
新たな地に、再び“風の戦い”が始まろうとしていた。




