風を渡る道
丘を越えた先に、果ての見えぬ大地が広がっていた。
草原は銀の波のように揺れ、遠くで風が遊ぶように跳ねている。
ソラは立ち止まり、手をかざした。
「……よう吹いとる。
けど、この風、谷のとはちょっとちゃうな」
ミナが深呼吸する。
「匂いが違う。土と木と……まだ誰も使ってへん風の匂いや」
ルナが目を細めた。
「生まれたての風。
きっと、新しい土地が呼んでるのね」
ダグが荷車の取っ手を握りながら言った。
「呼んでるなら、応えよう。
風の道は、歩く者で変わる」
⸻
風に導かれて
道はなかった。
だが風が草を撫でて、一本の筋を描いていく。
それを追うように、まかない部は歩き出した。
ミナが帽子を押さえながら笑う。
「風が案内人やなんて、贅沢やなぁ」
ソラが肩をすくめる。
「せやけど、気まぐれやで。
ちょっと気に入らんことあったら、すぐ向き変える」
ルナが微笑んだ。
「でも、向きが変わるからこそ、旅は続くのよ」
ダグが短く言う。
「変化がある風は、生きている風だ」
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道の途中の静けさ
昼を過ぎるころ、
風が一度、ぴたりと止まった。
音もなく、ただ光だけが草の間を漂っている。
ソラが立ち止まる。
「……今、風が息吸うたな」
ルナが頷く。
「次に吹くための、間なのね」
ミナが笑って言う。
「うちらも一口、水飲んで息継ぎやな」
四人は荷車を止めて、腰を下ろした。
空は青く、雲が緩やかに流れていく。
静寂の中で、彼らの呼吸と草の音が重なった。
⸻
小さな予感
遠くで、風鈴のような音がした。
この谷にはない響き。
けれどどこかで聞いたような、懐かしい調べ。
ルナが耳を澄ませる。
「……誰かの呼ぶ声、みたい」
ソラが立ち上がり、空を見上げる。
「次の風の主やな。
どんな奴か、楽しみや」
ミナが笑って鍋を叩く。
「腹も減ってきたし、どんなとこでもええ。
風が飯をうまくしてくれるんなら、それで十分や!」
ダグが静かに立ち上がる。
「行こう。風が“再び歩け”と言っている」
⸻
結び
再び吹いた風は、優しくも力強かった。
草を倒し、土を撫で、彼らの髪を揺らす。
その流れの中に、まだ見ぬ土地の匂いが混ざっていた。
ルナが微笑みながら言った。
「風の先に、また誰かがいる。
それだけで十分ね」
ソラが頷く。
「うん、風は途切れへん。
どこかで誰かが、また呼んでる」
ミナが笑って杓子を掲げる。
「ほな行こか、“まかない風”の次の現場へ!」
ダグが小さく息を吐いた。
「……風の名残を背に、新しい風を迎えに」
――風が流れた。
道なき道に、一本の細い筋を描いて。
その先に何があるのか、誰もまだ知らない。
けれど確かに、胸の奥で風が囁いていた。
「――行け」と。




