表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
175/261

風待ちの峠

昼を過ぎた峠道は、淡い霞に包まれていた。

 山の影がやわらかく伸び、

 風は、ひと息ごとに違う匂いを運んでくる。


 ソラたちは、荷車を押して坂を上っていた。

 谷から吹き上げる風はまだ冷たく、

 けれどどこか、春を含んでいるようだった。



茶屋の老人


 峠の頂に、古びた茶屋があった。

 屋根は苔むし、軒先には小さな風見がぶら下がっている。

 その風見が、まるで呼吸をするようにゆっくり回っていた。


 中から、低い声がした。

「おや、旅の方か。風がちょうど休んどる時刻じゃ」


 出てきたのは、背の曲がった老人だった。

 白い髭が胸元まで伸び、

 目は細いが、笑うと山そのもののような穏やかさがあった。


 ミナが頭を下げる。

「お邪魔します。風、休んでるってどういう意味や?」


 老人は笑って、手を振った。

「風にも休み時がある。

 急ぐ者を通して、疲れたら谷に戻る。

 峠は、風の寝床みたいなもんさ」



風を読む茶


 老人が茶を淹れはじめた。

 湯気が立ちのぼり、香ばしい香りが風に乗る。

 その香りが、まかない部の鍋の匂いとよく似ていた。


 ルナが思わず言う。

「……いい匂い。どんな茶葉ですか?」


 老人がにこにこと笑う。

「風に晒した葉じゃ。

 摘んでから一晩、風の音を聞かせておくと、渋みが抜ける」


 ソラが興味深げに聞いた。

「音で味が変わるんか?」


 「変わるとも。

  風の音は、葉の中の眠りを覚ますんじゃ」


 ミナが頷く。

「なるほど、風のまかないと似とるな。

 風通すと、飯も味が起きる」


 老人は目を細めた。

「そうじゃろう。風を味方にできる者は、道に迷わん」



小さな知恵


 茶を飲みながら、老人はぽつりと話した。

「風は、急いでいる者には顔を見せん。

 立ち止まる者の頬を撫でて、道を教える。

 それに気づくかどうかが、旅人の分かれ目じゃ」


 ソラがしみじみ頷く。

「急いでも風は追いつかんのやな」


 ルナが微笑む。

「けれど、待つ者には寄り添ってくれる」


 ミナが茶碗を回しながら笑った。

「うちら、ええ旅してるんやな」


 ダグが短く言う。

「風の寝床を見つけたってことか」


 老人は穏やかに笑う。

「そうとも。お前たちは“風の流れ”におる。

 この先も、風が導いてくれるさ」



結び


 茶を飲み終えるころ、峠の風が再び動き出した。

 風見がくるりと回り、山桜の枝がかすかに揺れた。


 ミナが息をついて言った。

「風、起きたな」


 ソラが荷車の取っ手を握る。

「ほな、うちらも行こか」


 ルナが老人に頭を下げた。

「お茶、ごちそうさまでした。……あたたかかったです」


 老人は笑って答えた。

「また風が休みたがったら、寄っていきなさい。

 風は、食と同じ。人の心で変わるものじゃ」


 


 ――峠を下るとき、風が背を撫でた。

 その手のひらのような優しさに、

 まかない部はまた一歩、次の風へ歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ