風のあとさき
夜明けの光が、塔の屋根に落ちていた。
風鈴が一つ、ゆっくりと揺れ、
柔らかな音が町の隅々まで届いていく。
前夜の“風の宴”が終わり、
町は静かに息を整えていた。
まかない部の四人は、宿の前で荷をまとめていた。
風が頬を撫でる――
昨日までの冷たさではなく、どこか人の温もりを帯びていた。
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風の目覚め
ミナが鼻をすんと鳴らす。
「うん、ええ匂いや。
この町の風、もう“眠たそう”な顔してへん」
ソラが笑った。
「料理の香り、まだ残っとるんやな。
風が運んどるんやろう」
ルナが空を見上げる。
「音が混ざってるわ。鳥の声、子どもの笑い……
昨日は全部、風の外にあったのに」
ダグが荷を担ぎながら言う。
「風が戻ったってことだ。
人の声も、町の音も、ぜんぶ一緒になって流れてる」
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見送りの朝
広場では、人々が朝の支度をしていた。
鍛冶屋の槌の音、井戸の水音、
どれも懐かしいような、初めて聞くような響き。
老婆がまかない部に近づき、籠を差し出した。
「旅の糧にお持ちなされ。
昨日のスープを干したもんじゃ。風で乾かしておいた」
ミナが受け取って笑う。
「風仕込みの干しもんやな。ありがと、宝もんやわ」
ソラが帽子をとって頭を下げる。
「ご馳走さまでした。……うちら、ほんまにええ風もろた」
老婆が頷く。
「風は循環する。
お前たちが次の町で鍋をかき混ぜるとき、
この風もまた混ざるじゃろうよ」
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旅立ちの丘
町を出る道は緩やかな坂だった。
塔の影が遠くに伸び、
その先で風見の羽根が静かに回っている。
ルナがふと立ち止まる。
「この町、もう静かじゃないわね」
ソラが頷いた。
「静かなんやけど、ちゃんと“生きとる静けさ”や」
ミナが笑って肩をすくめる。
「せやな。昨日までは眠りの静けさやったけど、
今は……朝の静けさや」
ダグが低く言う。
「風のあとに、また風が来る。
それが、この旅の形なんだろうな」
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結び
丘を登りきったとき、
風が一陣、彼らの背を押した。
柔らかく、穏やかで、まるで「行け」と告げるように。
ソラが振り返る。
風上の町は、小さく見えていた。
塔の上の風鈴が、かすかに光っている。
ミナが呟いた。
「うちらの音、まだ届いとるんかな」
ルナが微笑む。
「届いてる。……でも、もうあの町の音になってる」
ソラが頷いた。
「それでええ。風は混ざって、また新しい音になるんや」
――風のあとさきには、
人の声と笑いと、ほんの少しの温もりが残る。
それが、まかない部の旅の印だった。




