風の宴
夜の風が、柔らかく町を包んでいた。
昼間の喧騒はすっかり落ち着き、
通りのあちこちで、風鈴がゆるやかに鳴っている。
塔の上には月。
その光を受けて、風の梯が静かに揺れていた。
まかない部の鍋からは、
湯気が立ちのぼり、香草と穀の香りが夜気に溶けていく。
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風の通る食卓
広場に長い板が並べられ、
人々が皿を持ち寄って座っていた。
灯火は少なく、代わりに風が運ぶ音が場を満たしている。
ミナが湯気の立つ鍋を抱えて歩く。
「はい、こっちは豆の煮込み。あっちは香草のスープやで」
ソラが笑いながら皿を配る。
「風がええ具合に通っとるわ。火も怒らへん」
ルナは子どもたちの前にスープを置いた。
「今日は、風にありがとうって言う日よ。
ちゃんと“いただきます”してね」
子どもたちは照れながら手を合わせる。
「……いただきます」
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音とぬくもり
スプーンが皿に当たる音、
笑い声、誰かの咳払い――
それらが、久しぶりに町の夜に響いていた。
老人が目を細めて言った。
「音がある晩飯って、ええもんじゃな……」
ミナがにこやかに答える。
「風がええ仕事しとるからですよ。ほら、味に丸み出てる」
ソラが頷き、杓子で鍋をかき混ぜる。
「風が通らん料理は、まだ寝ぼけとる。
こうして吹いてくれたら、味が起きるんや」
その言葉に、皆が小さく笑った。
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風と灯の語らい
宴の中央で、老人が立ち上がった。
手に小さな灯を持ち、風にかざす。
「風は、恐れるものではなく、支えるもの。
動くものがあるから、命は続く。
――今日、旅人たちがそれを思い出させてくれた」
ルナが静かに頭を下げる。
「私たちは、ただ少し火を貸しただけです。
風はもともと、この町の中に眠っていました」
老人は微笑んだ。
「それでも、お前たちの音がなければ、風は夢の中のままだった。
ありがとうよ、“風のまかない”たち」
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結び
宴の終わり、灯が一つずつ消されていく。
けれど、風は止まらなかった。
人々の笑顔とともに、静かに町を巡っていく。
ミナが空を見上げた。
「風、もう寝かせへんで。うちらが起こしてしもうたしな」
ソラが笑う。
「ええやん。起きた風がおる町、またええ飯できる」
ルナが囁く。
「風がいる限り、人も生きてる」
ダグが頷いた。
「……じゃあ、次の風も呼びに行こう」
――塔の風鈴が、ひとつ鳴った。
それは祝福の音。
静かで、確かな“ありがとう”の響きだった。
その夜、町はようやく眠った。
穏やかな風の音を子守唄にしながら。




