眠る風
夜が更けても、町は眠ったままだった。
灯火は整然と並び、影すら乱れない。
その静けさは、まるで時間ごと封じられたようだった。
まかない部の四人は、火を消し、町の奥へと歩き出した。
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風を探して
石畳の道を歩くたび、足音が吸い込まれていく。
ミナが囁くように言った。
「音、せぇへん。まるで夢ん中みたいやな」
ルナが頷く。
「風が眠ってるって、こういうことなのね。
生きてるのに、息をしてない感じ」
ソラが空を見上げた。
「星がよう見えるのに、雲の流れが無い。
風、どこ行ってもうたんや」
ダグが小さく呟く。
「……行ったんじゃない。閉じ込められたんだ」
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音を吸う塔
町の中央に、白い塔が立っていた。
高く、細く、音を立てないまま夜空へ伸びている。
近づくと、塔の壁には細かい模様が刻まれていた。
ルナが指でなぞる。
「……これ、風の紋だわ。
風の流れを封じる“風止めの印”」
ソラが驚く。
「風を止める? そんなこと、なんで……」
ルナは少し考えて答えた。
「嵐が多かったのかも。
人が風を恐れて、“静けさ”を作ったのね」
ミナが唇を噛んだ。
「せやけど、それで町が眠ったんやな……」
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微かな囁き
塔の根元に、古い祠があった。
風鈴がひとつ吊るされていたが、
それも錆びつき、動かない。
ソラがそっと息を吹きかけた。
風鈴が、かすかに揺れる。
その瞬間――音が鳴った。
ほんの一音、透明な響き。
それは一瞬で消えたが、
町全体の空気が少しだけ柔らかく変わった。
ミナが目を丸くする。
「今、鳴った……な?」
ルナが静かに頷く。
「風は、まだここにいる。
ただ、誰にも呼ばれなくなっただけ」
ダグが手を合わせた。
「なら、呼んでやろう。火でも、声でも……まかないの音でな」
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炎と風の記憶
まかない部は塔の下で小さな火を起こした。
鍋の中に水を注ぎ、香草をひとつまみ落とす。
香りが立ちのぼると、塔の壁が微かに鳴った。
風が、戻ってきた。
まだ細く、頼りないが、
確かに火の煙を撫でていた。
ソラが目を細める。
「……ああ、風の匂いや」
ミナが笑う。
「目ぇ覚めたんやな、風さん」
ルナが祈るように呟いた。
「きっと、この町も思い出すわ。
音を、匂いを、生きてる実感を」
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結び
夜明けが近づくころ、塔の上で微かな風鈴の音が鳴った。
それは眠っていた風が最初に放った“あいさつ”のようだった。
まかない部の鍋からは、
香草の香りとともに、ゆるやかな音が立ちのぼっていた。
――風はまだ眠りの中。
けれど、夢の底で、確かに息をしている。
その息吹が、再び町を動かす日を待ちながら。




