風上の町
丘を越えて三日、
まかない部が辿り着いたのは、小高い台地の上に広がる町だった。
白い壁と青い屋根。
どの家も同じ方角を向き、
通りは広く、花が等間隔に植えられている。
風が吹き抜けても、音がしなかった。
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無音の町
ソラが立ち止まり、耳を澄ます。
「……おかしいな。風、吹いとるのに、音せぇへん」
ミナが帽子を押さえながら首をかしげる。
「ほんまや。草も揺れとるのに、音が無い……」
ルナが静かに辺りを見渡す。
「町の造りね。壁が風を吸うように作られてる」
ダグが低く唸る。
「静かすぎる。まるで……風が“閉じ込められとる”みたいや」
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穏やかな人々
町の入り口で、老人が声をかけてきた。
「旅の方々かね? ようこそ、“風上”へ」
その声も、なぜかやわらかく、遠くから聞こえるようだった。
ソラが頭を下げる。
「お世話になります。風の匂いがきれいな町ですね」
老人は微笑んで頷く。
「ええ、ここは風が穏やかでね。
雨も嵐も来ぬ、静かなところです」
ミナが尋ねた。
「それ、ええことやけど……退屈にはならへんの?」
老人は首を傾げた。
「退屈? そんなこと、考えたこともないねぇ」
笑顔のまま、老人は去っていった。
残された風は、何も運ばなかった。
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市場の違和感
町の中央にある市場は整っていた。
果実、布、道具――どれも整然と並び、埃ひとつない。
ルナが歩きながら呟く。
「きれい……でも、なんだか“生きてない”」
ミナが果実を手に取る。
「見た目は立派やけど、香りせぇへんな」
ソラが頷いた。
「風が運ぶ“匂い”も“音”も無い。
まるで全部、整いすぎとる」
ダグが静かに言う。
「風が無くても困らん町……そういう仕組みなんだろうな」
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まかない部の違和感
まかない部は宿屋の裏庭を借り、鍋を下ろした。
だが、火をつけても煙がまっすぐ上がっていく。
風が流れず、炎がまるで“眠っている”ようだった。
ミナが首をかしげた。
「なんやこれ、火の音がせぇへん」
ルナが火を見つめる。
「風が……料理を怖がってる?」
ソラが呟いた。
「いや、風が“ここに居らん”のや。
おるのに、心ここにあらずみたいにな」
ダグは鍋をかき混ぜながら低く言った。
「風が止まった町は、心も止まる。
……ここは、“動かない時間”の中にあるのかもな」
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結び
夜になっても、町は穏やかだった。
灯火は整然と並び、音もなく消えていく。
まかない部の焚き火だけが、かすかに鳴っていた。
ソラが火に手をかざし、ぽつりと呟く。
「この町、綺麗すぎるわ。……風が、どこ行ったんやろ」
ルナが夜空を見上げた。
「風はきっと、まだ眠ってるだけ。
誰かが起こしてくれるのを、待ってるのかも」
ミナが静かに笑う。
「ほんなら、うちらが目覚まし役やな」
――風は吹いている。
けれど、まだ“音”を忘れていた。
まかない部の鍋が、
その夜、ひとつだけ“音”を取り戻した。




