表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
169/259

風の梯(かけはし)

翌朝の谷は、柔らかな光に満ちていた。

 山肌を撫でる風が、どこか弾むように通り抜けていく。

 鳥の声、木々のきしむ音、そして人の話し声が、

 自然の調べのように重なっていた。


 広場の中央では、子どもたちが草を編んでいた。

 細い葉をねじり、輪にし、それを棒にくくりつけている。


 ミナが首を傾げた。

「なんやろ、あれ……」


 近くにいた老婆が笑って答えた。

「“風の梯”を作ってるのさ。風を渡す日の支度じゃよ」



風を渡す日


 老婆の言葉に、ソラたちは耳を傾けた。


「風はね、上から下へ、また下から上へと流れていく。

 だから年に一度、わしらは“風を手渡す”んじゃ。

 若い者が風を受け取り、古い者が風を送る。

 そうして谷の風は絶えず生き続ける」


 ルナが静かに微笑む。

「……風を手渡す、って素敵な言葉ですね」


 老婆は頷き、草で編まれた輪を持ち上げた。

「風は見えんけど、こうして形にして渡せば、気持ちは伝わる。

 それが“風の梯”じゃよ」



まかない部の参加


 やがて、村の人々が集まってきた。

 老人も子どもも、手にそれぞれの“風の梯”を持っている。

 どれも形が少しずつ違う――

 大きいもの、小さいもの、色とりどりの花が結ばれたもの。


 ミナが感心して言った。

「どれも手作りやなぁ。誰が見ても“これがええ”って決まりないんや」


 老婆が笑った。

「風は自由だからね。型にせん方がええんじゃ」


 ソラは草束を受け取り、

 人々の真似をして輪を編んでみた。

 指先に風が通り抜け、細い音を立てた。


「……あ、音がした」

 ルナが頷く。

「草の隙間を抜けてるのよ。

 ちゃんと風が“そこを通ってる”」



手から手へ


 太陽が高くなると、人々は丘の上に集まった。

 谷を見下ろす高台――そこには風車と並んで、一本の木柱が立っていた。

 そのてっぺんに、“風の梯”が結ばれる。


 老人たちは若者の手を取り、

 若者たちはその子どもの手を取り、

 輪を次々に渡していった。


 草の輪が風に揺れ、やがて一斉にきらめく。


 ソラが小さく呟く。

「ほんまに“手渡し”やな……。

 でも、風より早く伝わっとる気がする」


 ミナが笑って言った。

「風も人も、繋がりや。

 うちらも“風の途中”におるんやね」



結び


 風が吹いた。

 草の輪が一斉に鳴り、谷が音で満たされた。

 それは派手な祝祭の音ではなく、

 ただ、人と自然が同じ呼吸をしている音だった。


 ルナが目を細める。

「……風が、喜んでる」


 ダグが穏やかに頷いた。

「人が笑うとき、風も笑うんだ」


 ソラが草の香りを胸いっぱいに吸い込む。

「ええ風やな……。

 この匂い、次の町にも運ぼう」


 


 ――谷の風は今日も、生きていた。

 人の手と、風の手で繋がりながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ