風の梯(かけはし)
翌朝の谷は、柔らかな光に満ちていた。
山肌を撫でる風が、どこか弾むように通り抜けていく。
鳥の声、木々のきしむ音、そして人の話し声が、
自然の調べのように重なっていた。
広場の中央では、子どもたちが草を編んでいた。
細い葉をねじり、輪にし、それを棒にくくりつけている。
ミナが首を傾げた。
「なんやろ、あれ……」
近くにいた老婆が笑って答えた。
「“風の梯”を作ってるのさ。風を渡す日の支度じゃよ」
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風を渡す日
老婆の言葉に、ソラたちは耳を傾けた。
「風はね、上から下へ、また下から上へと流れていく。
だから年に一度、わしらは“風を手渡す”んじゃ。
若い者が風を受け取り、古い者が風を送る。
そうして谷の風は絶えず生き続ける」
ルナが静かに微笑む。
「……風を手渡す、って素敵な言葉ですね」
老婆は頷き、草で編まれた輪を持ち上げた。
「風は見えんけど、こうして形にして渡せば、気持ちは伝わる。
それが“風の梯”じゃよ」
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まかない部の参加
やがて、村の人々が集まってきた。
老人も子どもも、手にそれぞれの“風の梯”を持っている。
どれも形が少しずつ違う――
大きいもの、小さいもの、色とりどりの花が結ばれたもの。
ミナが感心して言った。
「どれも手作りやなぁ。誰が見ても“これがええ”って決まりないんや」
老婆が笑った。
「風は自由だからね。型にせん方がええんじゃ」
ソラは草束を受け取り、
人々の真似をして輪を編んでみた。
指先に風が通り抜け、細い音を立てた。
「……あ、音がした」
ルナが頷く。
「草の隙間を抜けてるのよ。
ちゃんと風が“そこを通ってる”」
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手から手へ
太陽が高くなると、人々は丘の上に集まった。
谷を見下ろす高台――そこには風車と並んで、一本の木柱が立っていた。
そのてっぺんに、“風の梯”が結ばれる。
老人たちは若者の手を取り、
若者たちはその子どもの手を取り、
輪を次々に渡していった。
草の輪が風に揺れ、やがて一斉にきらめく。
ソラが小さく呟く。
「ほんまに“手渡し”やな……。
でも、風より早く伝わっとる気がする」
ミナが笑って言った。
「風も人も、繋がりや。
うちらも“風の途中”におるんやね」
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結び
風が吹いた。
草の輪が一斉に鳴り、谷が音で満たされた。
それは派手な祝祭の音ではなく、
ただ、人と自然が同じ呼吸をしている音だった。
ルナが目を細める。
「……風が、喜んでる」
ダグが穏やかに頷いた。
「人が笑うとき、風も笑うんだ」
ソラが草の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「ええ風やな……。
この匂い、次の町にも運ぼう」
――谷の風は今日も、生きていた。
人の手と、風の手で繋がりながら。




