夜明けの風標
夜が明けはじめた。
空の端がわずかに白み、風標の羽根がゆっくりと音を立てる。
霜を帯びた草が光を返し、世界が静かに息を吹き返していく。
まかない部の四人は、まだ言葉を交わさずにいた。
灯の宿で過ごした夜――あの不思議な声の余韻が、
風とともに残っていたからだ。
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灯の名残
ソラは消えかけた灯の火に手をかざした。
まだほんのりと温かい。
「……ちゃんと燃えてたんやな。あの人の言葉も、夢やなかった」
ミナが外に出て、朝の空気を吸い込んだ。
「ええ匂いや。風がまるで“おはよう”言うてるみたいやな」
ルナが小屋の外壁を撫でた。
「昨夜と同じ木の匂い。でも……少し違う。
――風が通ったあとの匂いになってる」
ダグが肩の荷を整え、静かに頷いた。
「通り過ぎた風が、道を残していったんだ」
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風標の朝
丘の上の風標が、東の光を受けて回りはじめる。
軸がきしむたびに、低く柔らかな音が響いた。
それは鐘の音にも似ていたが、どこか呼吸のようでもあった。
ソラが小さく笑う。
「“風の鐘”やな。俺らに“行け”って言うてる気がする」
ミナが頷き、荷車の取っ手を握る。
「じゃあ、風に乗って次の町へ行こか。
きっと“腹減ってる人”がおる」
ルナが微笑んだ。
「風が呼ぶなら、まかないも続く。
止まらないのが、私たちの仕事ね」
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出発の前
彼らは小屋を振り返り、もう一度灯の跡を見た。
誰もいないはずのその場所で、
風鈴がかすかに鳴った。
ソラがそっと帽子を取って、頭を下げた。
「ありがとうな。火、よう守ってくれた」
ミナがつぶやく。
「風の声、また聞こえるかな」
ルナが静かに言う。
「きっと聞こえるわ。だって――私たちが風になるもの」
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結び
朝日が完全に昇るころ、
まかない部は丘を下りはじめた。
荷車の車輪が草を押し、風が背中を押す。
遠くには、また別の町の影が見えていた。
――風標の羽根がゆっくりと回り続ける。
音は小さく、けれど確かに、旅人たちの背を見送っていた。
その風はもう、まかない部の風だった。




