風の向こうの灯
夜の風は、音もなく流れていた。
丘のふもとの小さな風標の小屋。
その灯がまだ消えずに、柔らかな明かりを投げかけていた。
まかない部の四人は、風よけのために中へ入った。
小屋の中は木の香りがし、床は古くきしむが、
どこか清められたような静けさがあった。
⸻
灯のもとで
ミナが荷を下ろし、ソラが火に薪を足す。
ルナはそっと壁に触れた。
「……この木、温かいわ。まるで息してるみたい」
ダグがうなずいた。
「誰かが、手をかけ続けてる。放っておいたらこうはならん」
ソラが灯を見つめる。
「けど、人の気配はせぇへんな……誰もおらんのに、火だけが生きてる」
ミナが笑う。
「ええやん。まるで“風が番してる宿”みたいや」
⸻
風の番人
そのときだった。
外で、風鈴が鳴った。
小屋の戸がわずかに開き、風と共に影が差した。
灯が揺れ、そこに立っていたのは――
一人の白衣の人物だった。
年も性別もわからない。
長い髪が風に溶け、瞳は灯を映して淡く光っていた。
ソラが立ち上がる。
「……どなたですか」
その人物は微笑み、静かな声で言った。
「風の行く先を見守る者。名は、いらぬ」
ミナが目を丸くする。
「ここ、あんたの宿なんか?」
「宿ではない。……“風の灯”が燃える間だけ、道がここに在る」
⸻
不思議な語らい
その人――いや、存在――は、まかない部の作った粥を見つめた。
「風の味がする。……お前たちは“巡る者”だな」
ルナが穏やかに頷く。
「はい。風の流れに沿って、人の暮らしを渡っています」
番人は微笑んだ。
「風は目に見えぬ。だが、味を覚える。
――だから、お前たちの料理は、風に残る」
ミナが思わず息を呑む。
「うちの料理が、風に残る……?」
「そうだ。食べた者が忘れても、風は覚えている。
風はそれを運び、また別の町で芽吹かせる。
そうして“命の匂い”は続いていく」
⸻
静かな夜
言葉のあと、小屋の中に風が吹いた。
灯の火がゆらりと揺れ、光が天井を撫でた。
ルナが小さく呟く。
「……風の精霊、なのね」
番人は笑った。
「人は、そう呼ぶこともある。
だが私はただ、“通りすがりの風”だよ」
その声は、次の瞬間、風に溶けた。
灯が一度だけ強く明滅し、そして静かに落ち着いた。
小屋にはもう、誰の影もなかった。
⸻
結び
ミナがぽつりと呟く。
「……さっきの、夢やったんかな」
ソラは火を見つめながら微笑んだ。
「夢でもええ。風が人の形になって話す夜も、たまにはええやろ」
ダグが頷く。
「なら、明日の風は、あの声の匂いを連れてくるな」
ルナは灯を見上げて、そっと言った。
「“風の味”が残るなら――私たちの旅も、まだ続く」
――外では、夜明け前の風が吹いていた。
灯の宿の煙突から、細く白い煙が天へ昇っていく。
まるで誰かの祈りが、空へ帰っていくように。




