風の向こうの灯
夜が降りていた。
風は昼よりも冷たく、空には雲ひとつなかった。
月が大きく浮かび、道の石を銀色に染めている。
まかない部の四人は、音を立てずに歩いていた。
足音も、荷車の軋みも、風に吸い込まれるように消えていく。
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風の道を行く
ソラが小さく息を吐いた。
「……えらい静かやな。風の音しかせぇへん」
ミナが頷き、前を見据えた。
「町の賑やかさが遠なっても、風だけは一緒やな」
ルナは空を仰いだ。
「この静けさ、好きよ。
風の声が一番よく聞こえるのは、夜だから」
ダグが低く呟く。
「夜の風は、過去の匂いを運ぶ。……サルダの匂いも、まだ混ざってる」
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一筋の灯
やがて、丘を下った先に淡い光が見えた。
まるで霧の向こうから滲むような、小さな灯。
ソラが足を止めた。
「……見えるか? あれ、灯りやな」
ルナが風の流れを読むように目を細めた。
「人の灯。……風が、導いてるわ」
ミナが微笑んだ。
「夜の中に、ひとつだけ光があると、ほっとするな。
腹減っとっても、なんか“生きとる”感じがする」
ダグが小さく笑う。
「お前、腹の音まで風に乗って聞こえそうや」
四人の笑い声が風に溶け、夜に静かに響いた。
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灯の下で
近づくと、それは古びた風標の小屋だった。
風向きを測る羽根が月光を受け、ゆっくりと回っている。
中には誰の姿もない。
けれど、灯火だけが絶えず燃えていた。
ソラが手をかざす。
「……あったかい。誰かが置いてってくれたんやろな」
ルナが頷いた。
「風の町の人たちが、旅人のために灯を残す習わしがあるの。
“風が通る限り、火を絶やすな”って」
ミナが火を見つめ、ゆっくり腰を下ろした。
「誰もおらんのに、なんか人のぬくもり感じるな」
ダグは静かに答えた。
「風が運んできたぬくもりや。……まだ続いてるんだ」
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結び
風が灯を揺らした。
炎は細く揺れながらも、決して消えない。
まかない部の四人はしばし黙り込み、
風と火の音だけを聞いていた。
――夜の静寂の中で、たったひとつの光があった。
それは誰のものでもなく、
ただ“次の道”を照らすためにそこにあった。
そして、彼らはまた歩き出した。
風と共に、灯の残り火を背に受けながら。




