風の祭り
夜明けとともに、サルダの町に鐘の音が響いた。
いつもの喧噪はなく、今日は町全体が静まり返っている。
家々の戸口には、乾かした草と白い布が結ばれ、
風車の羽には花飾りが差し込まれていた。
――それが、この町の「風の祭り」の始まりだった。
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朝の祈り
人々は広場に集まり、風の通り道に向かって静かに手を合わせた。
祈りの言葉は短い。
けれどその声は、風に乗ってゆるやかに町を包み込む。
ルナが小さく呟く。
「……歌ってるみたいね。風が」
ミナは目を細めた。
「派手やないけど、きれいやなぁ。
誰かに見せるためやなく、自分たちのための祭りって感じや」
ソラが頷く。
「風の音に合わせて祈る……この静けさが、いちばん贅沢なんやろな」
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風の灯
祈りのあと、町の中央に設けられた石台に火が灯された。
炎は高くは上がらず、まるで風と会話するように揺れていた。
子どもたちは息を潜め、大人たちは静かに見守る。
老人が前に出て、穏やかな声で語り始めた。
「この火は、“風の灯”。
嵐の日も、寒い夜も、この町の風を絶やさなかった火じゃ。
風が吹かぬ日でも、心の中で燃やしておくんじゃよ」
ルナはその言葉を聞きながら、ふと焚き火の夜を思い出した。
あのとき灯した火も、今ここに繋がっているような気がした。
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まかない部の手
式の終わりに、ミナが人々の輪に加わり、
湯気の立つ鍋をゆっくりと運んできた。
香草と穀物の香りが漂い、子どもたちがそっと顔を上げる。
「風の帰り道を温めるスープや。みんなで分けよ」
老人が笑い、両手を差し出した。
「旅の人が作った“風の味”か。ありがたいのう」
皆が少しずつ椀を手に取り、口に運ぶ。
穏やかな笑みが広がり、風の中に笑い声が混じる。
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風の祈り
祭りの終わりに、人々は丘の上へと登った。
風車の羽が一斉に回り始め、町全体がその音に包まれる。
白い花弁が舞い、空へと散っていった。
ソラは旗の切れ端を握り、風に掲げた。
「……この町の風、ええ匂いや」
ルナが微笑む。
「人の祈りが混ざってるもの」
ミナは空を見上げながら呟く。
「風って、神さまやなくて、みんなの“声”なんやな」
ダグが低く言う。
「祈りも、飯も、風に乗せる。……それで十分だ」
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結び
風車の音がゆっくりと遠ざかる。
町は再び静けさを取り戻し、
その中に、確かな息づかいだけが残っていた。
――風は見えない。
けれど、ここに生きる人々がそれを感じ、守り、受け継いでいく。
それが、サルダの「風の祭り」だった。




