表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
162/267

風の祭り

夜明けとともに、サルダの町に鐘の音が響いた。

 いつもの喧噪はなく、今日は町全体が静まり返っている。

 家々の戸口には、乾かした草と白い布が結ばれ、

 風車の羽には花飾りが差し込まれていた。


 ――それが、この町の「風の祭り」の始まりだった。



朝の祈り


 人々は広場に集まり、風の通り道に向かって静かに手を合わせた。

 祈りの言葉は短い。

 けれどその声は、風に乗ってゆるやかに町を包み込む。


 ルナが小さく呟く。

「……歌ってるみたいね。風が」


 ミナは目を細めた。

「派手やないけど、きれいやなぁ。

 誰かに見せるためやなく、自分たちのための祭りって感じや」


 ソラが頷く。

「風の音に合わせて祈る……この静けさが、いちばん贅沢なんやろな」



風の灯


 祈りのあと、町の中央に設けられた石台に火が灯された。

 炎は高くは上がらず、まるで風と会話するように揺れていた。

 子どもたちは息を潜め、大人たちは静かに見守る。


 老人が前に出て、穏やかな声で語り始めた。

「この火は、“風の灯”。

 嵐の日も、寒い夜も、この町の風を絶やさなかった火じゃ。

 風が吹かぬ日でも、心の中で燃やしておくんじゃよ」


 ルナはその言葉を聞きながら、ふと焚き火の夜を思い出した。

 あのとき灯した火も、今ここに繋がっているような気がした。



まかない部の手


 式の終わりに、ミナが人々の輪に加わり、

 湯気の立つ鍋をゆっくりと運んできた。

 香草と穀物の香りが漂い、子どもたちがそっと顔を上げる。


「風の帰り道を温めるスープや。みんなで分けよ」


 老人が笑い、両手を差し出した。

「旅の人が作った“風の味”か。ありがたいのう」


 皆が少しずつ椀を手に取り、口に運ぶ。

 穏やかな笑みが広がり、風の中に笑い声が混じる。



風の祈り


 祭りの終わりに、人々は丘の上へと登った。

 風車の羽が一斉に回り始め、町全体がその音に包まれる。

 白い花弁が舞い、空へと散っていった。


 ソラは旗の切れ端を握り、風に掲げた。

「……この町の風、ええ匂いや」


 ルナが微笑む。

「人の祈りが混ざってるもの」


 ミナは空を見上げながら呟く。

「風って、神さまやなくて、みんなの“声”なんやな」


 ダグが低く言う。

「祈りも、飯も、風に乗せる。……それで十分だ」



結び


 風車の音がゆっくりと遠ざかる。

 町は再び静けさを取り戻し、

 その中に、確かな息づかいだけが残っていた。


 


 ――風は見えない。

 けれど、ここに生きる人々がそれを感じ、守り、受け継いでいく。

 それが、サルダの「風の祭り」だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ