風の道、再び
朝の陽射しが丘を越え、地平の向こうへ差し込んでいた。
風は優しく背を押し、草の香りが一行の足元を包む。
歩き続けること半日。
見えてきたのは、煙の上がる小さな町だった。
屋根は赤茶色の瓦、石畳の道には水桶と木箱が並び、
広場では人々の声が混じり合っていた。
ソラが目を細めた。
「……風の匂いが違うな。人の暮らしの匂いや」
ミナが嬉しそうに笑う。
「いい匂いやなぁ。炊いてるのはスープか、それとも……」
⸻
新しい町
町の入り口で、子どもたちが遊んでいた。
小さな石を並べ、風に吹かれると転がるのを見て笑っている。
ルナが微笑みながらしゃがみ込み、声をかけた。
「こんにちは。ここはなんていう町?」
子どもが顔を上げ、元気に答える。
「サルダの町だよ! 風の通り道って呼ばれてるんだ!」
ソラが頷いた。
「ええ名前やな。風に導かれて来たんやから、ぴったりや」
そのやりとりを見ていた老人が近づいてきた。
背中は曲がっているが、目は穏やかに光っている。
「おや、旅の方々か。嵐のあとの道を歩いてきたとは……よう無事やったのう」
ミナが頭を下げる。
「はい、風に助けられました。
できれば、少し食材と休む場所を分けてもらえたら……」
老人はにっこり笑った。
「そんなもん、いくらでもあるわい。旅人が戻ってきたら、それが春の印や」
⸻
市場のぬくもり
広場に入ると、町の人々が集まっていた。
パンを焼く香り、果実の甘い匂い、風に混ざる笑い声。
どこを見ても、手と声が動いている。
ルナが見上げる。
「風がこの町を撫でてる。……生きてるわね、空気が」
ミナは屋台の女将からトマの実を受け取った。
「おまけしとくよ。旅の人の顔はわかるからね」
「ありがとう。うち、こういう町、好きやわ」
ダグは荷車の車輪を修理してくれる鍛冶屋に礼を言った。
「手際がいいな」
「風の町だからな。急がず、止まらず、がモットーよ」
⸻
人の手と風
ソラは町の外れで、風車を直している男の姿を見つけた。
男は油まみれの手で歯車を回しながら笑っていた。
「旅の人か。手伝ってくれるか?」
ソラは頷いて近づき、工具を受け取った。
二人で軸を押さえ、回転を確かめる。
風が吹き抜け、羽が静かに回り始めた。
「……動いたな」
「風は止まらん。止まるのは、だいたい人の方だ」
男は笑い、風の音に耳を澄ませた。
⸻
結び
町の広場で、まかない部の旗が風を受けて揺れた。
その布には嵐の跡も、旅の埃も残っている。
けれどその汚れすら、道を刻んできた証のように見えた。
ルナが微笑む。
「……ここでも、きっと“まかない”ができるわね」
ミナが頷く。
「風が呼んどるうちは、どこでもうちらの場所や」
――新しい町、新しい風。
それは、旅の続きではなく“また始まる日常”だった。




