再び灯る火
夜の丘は、昼間とは別の静けさをまとっていた。
花の香りは風に溶け、遠くの空には星が滲んでいる。
その中央に、焚き火の明かりが灯っていた。
火は小さく、だがよく燃えた。
木の爆ぜる音が、懐かしい記憶のように心地よく響く。
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焚き火を囲んで
ソラが鍋を火の上にかけた。
水がゆっくりと温まり、香草の匂いが夜気に混じって漂う。
「この香り、懐かしいな」
パン屋の女将が微笑む。
「旅籠町でもよう炊いてくれたねえ、こんな夜に」
ミナが笑いながら木の杓子を回した。
「材料は違うけど、味は風任せや。たぶん悪くないはずやで」
子どもたちがその横で目を輝かせる。
「おかわりある?」「焦がさないでね!」
「焦がさんて!」ミナが笑い、火を調整した。
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穏やかな笑い
ルナは少し離れた場所で、乾いた枝を組み直していた。
火が安定するように、空気の通りを確かめる。
「風の通りがいい夜ね。焚き火が綺麗に燃える」
ダグは杯を手にして、火を見つめた。
「戦のあとに見る火とは違うな。……怖くない」
ソラが笑って答える。
「この火は守るための火や。飯を炊くための火やからな」
ダグはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……悪くないな。そういう火も」
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思い出話
鍛冶屋が焚き火の端に座り、懐かしそうに言った。
「そういや昔、村の祭りの夜もこんな感じだったな。
火の周りで、誰かが歌って、誰かが泣いて」
ミナが笑う。
「泣いてたん、だいたいダグさんやろ」
周囲がどっと笑い、ダグが苦笑した。
「泣いてねぇ。……たぶん」
火がぱちぱちと爆ぜ、その音に合わせて子どもが小さく手を叩く。
風が通り抜け、花の香りがまた一つ焚き火に混ざった。
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夜の終わり
やがて、鍋の中の香草スープが出来上がった。
湯気の中に、穏やかな笑い声と話し声が混じる。
皆が少しずつ椀を手に取り、火の明かりの中で顔を合わせた。
ソラが一口すすり、柔らかく笑った。
「……これやな。これが“帰る味”や」
ミナが頷きながら、空を見上げる。
「風が、ええ夜や言うてる」
ルナは火の揺らめきを見つめたまま、静かに呟いた。
「嵐のあとでも、火はこうして灯せるのね」
ダグは短く息をついて、薪をもう一本くべた。
「消えんなよ、この火」
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結び
夜風が穏やかに吹き、火が小さく揺れた。
その炎の赤は、皆の瞳に映っていた。
言葉は少なく、けれど心は通い合っていた。
――再び灯る火は、旅の終わりではなく、また新しい朝の始まりを告げていた。




