嵐の縁
風見の丘から数日、旅籠町を離れてさらに進むと、
地平線の向こうに“光る雲”が見えた。
それは嵐だった。
だが、ただの嵐ではない――
風と土、雷と水のすべてが混ざり合い、天と地を結ぶように渦を巻いていた。
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迫る光景
「……なんや、あれ」
ミナが息を呑んだ。
空の半分を覆うその光景は、恐ろしいほどに美しかった。
稲妻が雲の中を流れ、雲海がゆっくりと蠢く。
それは怒りではなく、“世界が目を覚ましている”ような動きだった。
ルナが風の流れを読むように手を伸ばす。
「……風が、歌ってる」
ソラは目を細め、足を止めた。
「音が混じってるな。雷の音でも、雨の音でもない……これは、鼓動や」
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嵐の呼吸
彼らが立つ丘の上で、空気が震えた。
砂が舞い上がり、陽光が一瞬かき消える。
そして、風が輪を描くように回りはじめた。
「まるで……大地ごと息をしてるみたいだな」
ダグが呟く。
その瞬間、嵐の中心から光の柱が立ち上がった。
天へ伸び、地へ沈むその光は、まるで大地と空が互いを確かめ合っているようだった。
ルナが静かに言う。
「……風と地が、交わってる。
あれが“交わる嵐”――この世界の循環そのもの」
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近づく風
風が次第に強まり、彼らの衣を揺らした。
しかし不思議と怖さはなかった。
風は荒れ狂うのではなく、包み込むように吹いていた。
ミナが顔を覆いながらも笑う。
「うち、生きてるって感じる! 風が肌の中まで通っていくみたいや!」
ソラは頷きながら、旗の切れ端を見上げる。
布は風を受け、力強く翻っていた。
「……まるで、嵐の中にも“道”があるみたいやな」
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嵐の声
そのとき、風の中から声が響いた。
谷で聞いた“声”と同じ、だが今度は重層的で、天と地の両方から響くようだった。
――止まるな。
――巡れ。
――壊れたものを恐れるな。形を変えよ。
ルナが目を閉じ、静かに呟いた。
「……これは、風と地、両方の声。
私たちが進む先は、“変わるための場所”なのね」
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結び
光が再び空を裂き、嵐の境界を照らした。
その眩しさに目を細めながら、ソラは言った。
「恐ろしいけど……きれいやな」
「自然はいつもそうや。怖いほどきれいなんや」
ミナが笑い、風に吹かれながら答える。
荷車の上で旗が翻る。
その布は嵐の光を受け、まるで命を宿したかのように輝いていた。
――嵐の縁に立つ彼らを包むのは、破壊ではなく再生の風だった。




