砂を渡る影
地の精霊が示した道は、丘を抜けて乾いた平原へ続いていた。
草はまばらに生え、風が細かな砂を運んでいく。
陽は高く、地面からの照り返しが眩しいほどだった。
まかない部の一行は、荷車の軋む音だけを頼りに進んでいた。
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荒野の風
「まるで地が息してへんみたいやな」
ミナが目を細める。
「ここは風と地の境目だ。生も死も、薄い」とルナが応えた。
ソラは荷車を押しながら、遠くの空気の揺らぎを見つめた。
「……あそこ、見えるか? 影がある」
ダグが目を細めた。
「人影か……? この辺りに町なんてないはずだが」
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近づく影
やがて、砂煙の向こうからひとりの旅人が現れた。
フードを深くかぶり、背に細長い杖のようなものを背負っている。
その足取りは軽く、風に逆らわず、まるで砂の上を滑るようだった。
近づくと、フードの下から声がした。
「風に導かれて来た者たちか?」
ソラが頷く。
「導かれた……そう言っていいかもしれません」
旅人は小さく笑い、杖の先を砂に突き立てた。
すると、乾いた地面からわずかに草が芽吹いた。
「地の加護を受けた者たちに、風が道を開いた……珍しい組み合わせだ」
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謎の旅人
ルナが一歩前に出た。
「あなたは……何者なの?」
旅人はフードを少しだけ上げ、褐色の瞳を見せた。
「名は持たない。風を読み、地を歩く者だ」
その声には年齢の判別がつかなかった。若くも、老いてもいるような、不思議な響き。
「あなたたちの先に、“交わる嵐”が待っている」
旅人は淡々と続けた。
「だが恐れるな。嵐は、壊すためではなく、“形を変えるため”のものだ」
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試される言葉
ミナが眉をひそめる。
「嵐がええこと言うたためし、あらへんけどな」
旅人は笑った。
「そうかもしれぬ。だが、この地では“嵐”も意思を持つ。
壊すことと、作り直すことは、同じ風の流れにあるのだ」
ソラは静かにその言葉を受け止めた。
「……なるほど。壊すか作るか、風の加減次第ってことか」
「風を読むのは難しい。だが、耳を澄ませれば必ず聞こえる」
旅人は杖を引き抜き、風に乗せるように軽く回した。
その瞬間、まかない部の旗の切れ端がふっと風を受けて翻った。
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立ち去る影
旅人は背を向け、砂の中へ歩き出した。
足跡はすぐに風に消され、姿も陽炎のように溶けていく。
「……なんやったんやろ、あの人」
ミナが呟く。
「生きてる人間なのか、風の化身なのか……どっちとも言えんな」
ダグが答えた。
ルナは目を閉じ、風の流れを感じ取る。
「“交わる嵐”……何かが動き始めてる」
ソラが旗を見上げ、静かに言った。
「でも風が吹いてるうちは、進める」
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結び
砂を渡る風が、遠くの地平を揺らしていた。
その向こうに、かすかな稲光のようなものが瞬く。
――嵐は、確かにそこにあった。
けれどその中心に待つものが、破壊ではなく“再生”であることを、
まだ誰も知らなかった。




