スパイス泥棒現る!? 香辛料倉庫に忍び込んだのは……
深夜、魔王城・北区画。
新設された香辛料保管庫に、魔法警報が鳴り響いた。
「警戒レベル:中。倉庫区画に未登録の魔力反応──侵入者、あり!」
即時対応したのは、まかない部の当直だったソラとルナ。
「ただのスパイス倉庫でしょ? まさか本当に盗みに来るやつが──」
しかし、そこにいたのは──
「……え?」
見覚えのある背中だった。
擦り切れた軍服。
火傷の痕が残る腕。
魔王軍の旧式ナイフを腰に提げたままの男。
「……お前、まさか……リッカ!? リッカ=エルドか!?」
「…………」
リッカ。
かつて魔王軍でソラと同じ訓練班にいた男。
2年前、軍資材横流しの嫌疑で追放された元兵士だった。
「なんで……なんで今さら、香辛料なんか盗もうと……?」
リッカは、ぽつりと呟いた。
「……娘が、病気でな。飯の匂いにも反応しない。
でも、昔……魔王城のスープを嗅いだときだけ、少し笑ってたんだ」
それは、まかない班が設立される前、
厨房が兵士の食事をまかなっていた頃の話。
彼はこっそり持ち帰った**“干し香魔草のスープ”**の香りで、
娘の食欲を引き出したことがあったという。
「だから……あの香りだけでも、もう一度……」
ルナがそっと言った。
「……盗みは駄目。でも、動機は否定できないな」
「魔王様には、俺から話すよ」
その後、リッカは魔王様の前に引き出された。
「……私の香辛料に手を出したのね。罪は軽くないわよ?」
「わかってます。でも……どうしても……娘に……」
魔王様は一度、リッカをじっと見て、
ふぅ、と静かに吐息をもらした。
「──じゃあ、“まかない奉仕刑”でどうかしら?」
「……え?」
「今日から厨房で働いてもらうの。香辛料の扱い方、味の調整、衛生管理。
全部、“正しい方法で”身につけて、あなたの手で届けなさい」
リッカは、言葉を失った。
「……いいんですか? 俺なんかが……」
「“盗んだやつ”を罰するだけじゃ、何も残らないでしょ。
“届けたいと願った人”には、教えてあげたいの」
それは、かつての自分と、誰かを重ねたようなまなざしだった。
ソラはリッカの肩を叩き、笑った。
「……味、思い出すまで塩抜きからだぞ」
「塩抜き……って、どういう……」
「まずは一週間、“塩を一切使わずに旨味を出す”訓練な。俺も通った道だ」
「地味に拷問だなそれ……」
「ようこそ、まかない部へ」