風見の丘
旅籠町を離れて五日目。
丘を越える道の途中、彼らは小さな町を見つけた。
その町の名は風見の丘。
家々の屋根には無数の風見鶏が立ち、風を受けて回りながらカラカラと軽やかな音を立てていた。
⸻
不思議な町
「なんやこれ、音が絶えへんやん」
ミナが驚いて見上げる。
風見鶏は一斉に向きを変え、まるで誰かに呼応するように回転した。
ソラが目を細める。
「……風が、流れを選んでるみたいやな。何かに導かれてる」
ダグは腕を組み、軽く眉を上げた。
「迷わず進めって言ってるようにも聞こえるな」
ルナはその場の風を指で感じ取り、静かに呟いた。
「……この風、温度が違う。まるで生き物みたい」
⸻
丘の上の老人
町の中央にある丘の上で、一人の老人が風見鶏を調整していた。
「旅人か。風の声を聞きに来たのかね?」
穏やかな笑みとともに、老人は言った。
「風の声?」とソラ。
「この町ではね、風が“知らせ”を運ぶんだよ。
誰かが悩んでいるとき、風見鶏が鳴く。
向きを変える音で、道を教える」
「占いみたいなもんやな」とミナが笑うと、老人は首を振った。
「違うさ。風はただ……人の心をよく見ている」
⸻
風が止む
そのとき、不意に風が止んだ。
全ての風見鶏が同じ方向を向いたまま、ピタリと動かない。
町の音も途絶え、まるで時間が止まったようだった。
「……なんや、今まであんなに吹いとったのに」
ミナが小声で呟く。
ルナが目を閉じた。
「……聞こえる。
“止まってるんじゃない、待ってる”」
彼女の言葉と同時に、遠くで旗が揺れた。
旅籠町から持ってきた切れ端が、荷車の上でふっと動く。
そして次の瞬間――
風が一斉に吹き戻った。
⸻
風の導き
風見鶏が回り、空気が渦を巻く。
彼らの足元に落ちた落ち葉が風の形を描いて流れていく。
その道筋は、丘の反対側――遠くの谷へ続いていた。
「……行けってことか」
ダグが呟く。
老人はにこりと笑い、風の音に耳を澄ませた。
「風が君らを気に入ったんだ。
次の場所で、また誰かを助けるといい」
ソラは頭を下げ、静かに言った。
「ええ。風の向くままに――行ってみます」
⸻
結び
町を出ると、再び風が吹いた。
山を越え、谷を渡り、彼らの背を押すように。
旗の切れ端が軽くはためき、陽光の中で銀の糸が光る。
――風は確かに、何かを伝えようとしていた。
それが“道”なのか“縁”なのかは、まだ誰にも分からなかった。




