道を行く風
旅籠町を出て、三日目の朝だった。
山道を抜ける風は軽く、草の匂いと鳥の声が混ざっていた。
まかない部の荷車は、土の道をきしませながらゆっくり進んでいた。
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広がる風景
右手には麦畑、左手にはせせらぎ。
遠くには雲の影が流れ、丘の上に白い風車が回っていた。
ルナが帽子の縁を押さえ、目を細める。
「空が広いわね。……町の屋根が恋しくなるくらい」
「屋根の下より、空の下の方が似合ってるやろ?」
ミナが笑いながら草をちぎり、口にくわえた。
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小さな道のり
ソラは前を歩きながら、荷車の軋む音に耳を澄ませる。
「風の音しかしない旅って……久しぶりやな」
「静かすぎて逆に眠くなるな」
ダグが大あくびをし、肩を回した。
ルナが笑いながら答える。
「眠れるくらいが、平和の証拠よ」
その言葉に、全員が小さく頷いた。
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道端のやり取り
途中、丘のふもとで羊飼いの少年に出会った。
「旅人さん? どこまで行くの?」
「風の向くままに、飯の香りがする方までやな」
ミナの冗談に少年が笑い、手を振る。
羊の群れがゆっくり道を横切り、荷車が止まる。
ソラはその間、空を見上げていた。
雲が流れ、風が彼らの頬を撫でていく。
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刺客の一隅
刺客は少し後ろを歩いていた。
もう黒衣ではなく、淡い灰色の外套を羽織っている。
「……風って、こんなに音が多かったか」
彼の呟きに、ソラが笑って答える。
「聞こえるようになったんや。耳が戦の音を忘れたんやろ」
男はしばらく黙り、やがて微かに笑った。
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結び
陽は高く昇り、道はまだ続いている。
それでも、彼らの歩みは軽かった。
風が吹き抜け、旗の切れ端が荷車の上で小さくはためく。
旅籠町での記憶が、その布を揺らしていた。
――風は前へ、彼らもまた、前へ。
のどかで開けた道の先に、新しい物語が待っていた。




