陽だまりの一日
春の陽がやわらかく町を包んでいた。
瓦の隙間に光が跳ね、通りの石畳を金色に染める。
旅籠町は、戦や騒動を乗り越え、ようやく静かな季節を迎えていた。
だがその穏やかさの裏で――まかない部は、旅立ちの支度を進めていた。
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町の息づかい
通りには、干した布と香草の匂いが漂っていた。
子どもたちが笑いながら小川で石を跳ねさせ、
商人が木箱を開けて並べる声がどこからか響く。
「……いい音やな」
ミナが呟くと、ルナが笑った。
「音も匂いも、もうこの町のものね。私たちは、旅人に戻るだけ」
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準備する工房
ソラは小鍋を拭き上げ、最後に火を落とした。
「鍋の底まで磨いたの、久しぶりやな」
「置いてくの?」とミナが尋ねる。
「この町に残す。……いつか誰かが、また火を灯すやろ」
ダグは木箱に食料を詰めながら言った。
「荷は軽く、心は重い。……まぁ、それも悪くねえ」
ルナは棚の上の薬草を見渡してから、数本を選び取る。
「これは町に置いていくわ。傷も、もう癒えてる」
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町の人々との別れ
「本当に行くのかい?」
パン屋の女将が声をかけた。
ソラは頷く。
「旅籠町はもう自分で立てます。俺たちが手を出すことじゃない」
女将は寂しそうに笑い、焼き立ての小さなパンを包んで差し出した。
「ならこれ、道中で食べておくれ。……焦がすんじゃないよ」
「焦がさんよ」ソラが笑った。
広場では子どもたちが声を上げた。
「ソラ兄ちゃん、また来る?」「ルナ姉ちゃんの薬、まだある?」
ミナがしゃがみ込み、頭を撫でながら言う。
「また帰ってくるさ。ちゃんと元気で待っとき」
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刺客の一隅
刺客は荷車の車輪を締め直していた。
その背に、町の鍛冶屋が声をかける。
「もう行くのか、兄ちゃん」
「……ああ。ここには、もう守るべき人がいる。だから次の場所へ」
鍛冶屋は黙って頷き、手ぬぐいを差し出した。
「風の強い道や。砂よけにしな」
「借りる」
短いやり取りのあと、二人は笑った。
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陽だまりの通り
午後、工房の前にまかない部の荷が整った。
道具は最小限、旗の切れ端が荷の上に結ばれている。
町を包む陽光がやわらかく反射して、彼らの顔を照らした。
「……この町、よう立ち直ったな」
「みんな強かったからや」
ミナの言葉にソラが頷き、四人の視線が同じ方向を向いた。
町の中心、旗が風に揺れていた。
その音は、まるで「ありがとう」と囁くようだった。
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結び
旅籠町の午後は、いつもより少しだけ眩しかった。
人々の笑い声、風の匂い、遠くの鐘の音。
その全てを背に受けて、まかない部は静かに歩き出した。
――陽だまりの中、別れと希望が同じ光の中で揺れていた。




