味覚×記憶の魔法。魔王様、過去の料理を再現する
その日、魔王様がふと、こんなことを言った。
「……再現したい料理があるの。昔、王都で見た“あの味”」
みんなが一斉に手を止めた。
「“あの味”って……王都で召し上がってた料理ですか?」
「ううん。違うの。あのとき私は下働きで、一口も食べられなかった。
でも、香りだけ、ずっと忘れられないの」
静かに語られる魔王様の過去。
“王都の貴族家に仕えていた”という噂は本当だったらしい。
「その料理……どんなものなんですか?」
「ミストルのポトフ風“冬の実”煮込み。
大根みたいな根菜と、ハーブと、骨付き肉をじっくり煮込んだもの」
「食材は?」
「問題があって……“冬の実”って野菜、今は流通してないのよ」
「……え?」
「10年前に絶滅したって話だけど、グルノワが見つけたらしいの」
その瞬間、厨房にどよめきが走った。
「つまり、俺らが……再現すんのか、それを!?」
「うん。そして食べるのは、“あのときの私”じゃない誰か」
魔王様は、懐かしそうに微笑んだ。
「“味わえなかった人のぶんまで、記憶を味にする”のが魔王城の料理だから」
翌朝、俺とグルノワは**“冬の実”探索遠征隊**に選ばれた。
「場所は“西の苔霧森”。生き残りの群生地があるって」
「地味にダンジョン寄りの場所なんだけど……なんで俺も行くの?」
「ソラ、君、“持ち帰ってきたら味が分かる”って体質だから」
「そんな体質知らない!!!」
「あと、荷物持ち」
「もっと納得いかない!!」
苔霧森へ向かう道中、グルノワが言った。
「魔王様な、かつて人間だったんやで」
「えっ」
「いや、正確には“人間として扱われてなかった”んや。
貴族の家で台所に立つ子どもやった。
だから“食える”ってことが、魔王様にとっては“力”の象徴なんや」
「それで、“魔王”になったのか……?」
「そう。食いたいものを食える世界を作るために、魔王になった。
戦いたいとか、支配したいとか、そんな欲望より先に、飯があったんや」
――俺は今、たぶんすごいことを聞いた。
そしてその夜、
俺たちはついに“冬の実”を見つけた。
ほのかに赤く透ける、しっとりした土の中から現れた根菜。
香りは、たしかに──あの“魔王様の記憶”と、同じだった。
「……これで、再現できるかもな」
「うん」
「食ったら、魔王様泣くかもしれん」
「……じゃあ、泣かせてやるか。料理で」
俺と魔物が、そっと拳を合わせた。




