辞めたいけど朝の蒸しパンが優勝してた
「もう限界だ……明日こそ辞める……」
朝、厨房のカウンターに並んでいたのは、
ふかふかのトウモロコシ粉の蒸しパンと、蜂蜜バター。
それに、野菜と白根肉をじっくり煮込んだ粘つくスープ。
テーブルの真ん中には、砕いたナッツと塩を練り込んだチーズペーストまで添えられていた。
──何この職場、怖い。
「おいソラ、今日も辞めるって言ってなかった?」
「言った。でもこのパン、焼きたてどころか“蒸し上がり直後”……。モフるしかない……!」
「ほらね、また意志がパンに敗北した」
こいつはルナ。魔王軍第三食堂所属の厨房補助魔導士。
俺の胃袋を管理してる女。
俺の名前はソラ=リット。十八歳。
魔王軍第七課・探索兵(仮)。戦力外通告を受けつつ、なぜかまだ首にはなってない。
「主な業務:雑務、荷物運び、野外調査、まかないの味見」
「ちなみに今日の任務、知ってる?」
「……おっ、お手柔らかに頼みたいです……?」
「“魔王様の昼食用フルーツ調達”だって」
「で、出た〜〜〜! 魔王様の食リクエスト!!」
「今回は“皮が紫で、中が冷たいやつ”らしいよ」
「いやヒントざっくりしすぎでしょ!? 誰の魔法試験!?!?」
──うちの魔王様はグルメだ。
異常にグルメだ。
そして本人が、たまに厨房に立つ。
「……ルナ、これさ。俺じゃなくて、もっと有能な人がやるべきじゃない?」
「うん。でも有能な人は、みんな“夕食の前菜”担当で忙しいから」
「なんだその分業システム!?」
というわけで、
俺は今日も辞められなかった。
飯がうますぎる魔王城で、変な任務に振り回されながら、
気づいたら魔王様の胃袋の平和を守ってる。
あーあ……
どうして俺、ここで働いてんだろ。