火事場の馬鹿力
火事場の馬鹿力
午前零時、オフィス内の置き時計が静かに鳴り響いて今日の始まりを告げる。それと同時に東京消防庁の共通無線に連絡が入る。
「渋谷救助1 渋谷救急1 道玄坂108交差点にて交通事故発生、直ちに現場に急行」
俺たち消防救助機動部隊は基本的に高度な救助技術を必要とする現場や多数の傷病者が発生している現場に派遣されるため、中規模な事故などにはあまり出動しない。だからこの無線も我々には関係ない。俺は静かにオフィスを出て眠気覚ましにトレーニングをすることにした。そして腕立てを始めようとした時、
「特命出場!新宿歌舞伎町一番街雑居ビルにて大規模な火災発生!特別救助1、指揮1、救急3、特救はしご出場!」
と放送が流れた。俺は車庫に走った。そして走りながら俺はあることが頭を過った。それは十数年前の歌舞伎町雑居ビル火災だ。当時は消防法改正前だったため甚大な被害をもたらした。怪我人は20人以上に及び死者も出た。だからこそ俺は思った。
「今回は絶対死者を出さない。」
と、
京介side
丁度午前零時を回ってカルテを打っていると医局の災害用の固定電話が鳴った。一気に当直の研修医や看護師が集まる。慌てて連絡先を見るとそこには「東京都災害危機管理対策室」の表示が出ていた。俺が受話器を取ると都の職員が電話口に伝えてきた。
「歌舞伎町雑居ビルにて大規模な火災が発生!傷病者多数!直ちに成城医科大病院からDMATの派遣を願う。」
一瞬脳内がフラッシュバックした。それは数十年前の同じく歌舞伎町のビル火災だ。だがすぐに現実に引き戻される。すぐに俺は医局を出て救命救急センターの出入口に走る。今医局長は出払っていて早急に対応できるのは健太郎だけだ。すぐにスマホを手に取って健太郎に内線を繋げる。少しコール音が鳴って繋がる。
「兄貴、歌舞伎町ビル火災の話だよな?もちろん俺がERの対応やるよ!ちなみに彩奈先輩も来るって。」
「わかった、俺は現場に行くから院内の指揮はお前に任せる。」
俺はドクターカーに乗り込んだ。
「おい、京介。状況相当やばいから急ぐぞ!」
竜司さんはそう言ってエンジンをかけた。
「どういうことですか?」
「現場の一酸化炭素の濃度がもうすぐ危険値になる。早く行かないと手遅れになるぞ!」
俺が聞くと竜司さんは険しい顔をしてそう言った。確かにあの現場の映像を見た感じだとかなりの一酸化炭素濃度だと俺でもわかった。そして勢いよくサイドドアが開いてDMATのユニフォーム姿の遥が乗り込んできた。
「すいません、遅くなりました。」
「じゃあ出すぞ。」
ドアが閉まるとドクターカーは走り始めた。病院がある西新宿から歌舞伎町は目と鼻の先だ。
ものの数分で現場に着いた。車外に出ると現場から数百メートル離れているのにもかかわらず強烈な臭いが鼻を刺す。
「来たか京介。」
そう言って防火服姿の祐一が飛び込んできた。
「状況は?」
「傷病者推定40人、そのうち24人は救出が終わって救護所に運び込んだ。赤5人黄色14人緑5人だ。着いてこい。」
祐一の言うことが本当なら状況は相当まずいと思いながら俺は走って救護所に向かう。そして救護所に着くとそこには中里姉妹の姿があった。どうやら国分寺医療センターからもDMATが派遣されたようだ。
「京介、ちょっとこっち手伝ってくれない?」
最初に声を上げたのは美波だった。美波のそばには重度の熱傷を負った男性が横たわっていた。駆け寄って俺は真っ先に美波に言った。
「気管熱傷の可能性は?」
「おそらくあると思う。とりあえず気管挿管して点滴打って最優先でうちに運ぶ。」
すぐに俺は医療バッグの中から挿管セットを取り出して準備を始める。
「どうする?気管か径鼻挿管かどっち?」
速やかに患者の鼻腔にドレーンを挿入して空気が入ることを確認するとテープで鼻に固定して救急車に患者を乗せると救護テントに次の患者が運び込まれてきた。
「20代女性意識不明で一酸化中毒の可能性あり!」
俺はすぐに反射的に晴美の方を見る。
「晴美さんこの患者お願いできる?」
「わかった!多分次に呼吸不全の患者来るからそっちお願いしてもいい?」
「了解!」
そう言ったとき、救護テントの端の患者の心電図モニターが異常値を知らせるアラームが鳴る。すぐに俺がその患者に駆け寄る。
「救命士一人来てください!」
声をかけると消防庁の救命士がひとり来た。
「VFなんで心肺蘇生します!アドレナリンの準備お願いします!あと救命士はこの患者に心マお願いします。」
すぐに心臓マッサージが始められ俺の前にアドレナリンが入った注射器を遥が差し出した。それをとってゆっくりと腕に刺してマッサージを続ける。
「この患者先に搬送してください!」
「あと10分で次の救急車来ます!」
すぐに統括担当の人間が声を上げる。
「心拍再開!」
救命士が言う。
「了解!じゃあ呼吸状態に注意して搬送してください。」
患者が心停止して一瞬戸惑ったが自分の冷静な対処で助かったと思うと少し自分が誇らしく思える。俺はスマホを手に取って成城医科大学の救命センターに電話をかける。
「もしもし?」
「聞こえてるぞ兄貴。」
電話に出たのは健太郎だった。
「何人今受け入れられそうか?」
「まぁ15人ってところだな。そっちの状況は?」
「こっちは患者の数は多いが赤タグの患者は少ないって状況だな。」
「じゃあ最重症の患者をうちに優先的に搬送してくれ。あとはこっちでやる。」
そう健太郎は言って電話が切れた。だが悪夢が終わる気配がまだ感じることができずに胸が少し苦しくなる。
本当にこれでおわりなのか?と心の中に気持ちの悪い感情が充満した。
次の投稿は今週末の予定です!
お楽しみに!
そういえば皆さんは夏休みをどう過ごす予定ですか?
ぜひ感想欄にお書きください!
ちなみに私は恋人とデートをいっぱいするのが目標です!