融解
今回のお話は京介の弟である健太郎くんが
メインのお話です!
是非お楽しみください♪
融解
case Minami Nakasato
私には好きな人がいる。その人は今私と同じ仕事をしていて私と幼馴染だ。ここで君たちはこう思うよね?
「じゃあもう早く付き合っちゃいなよ!」ってことだと思う。でもね、私っていつも肝心な時にどうしても踏み出せなくて自分を演じてしまうの。だからこれまでイケメン王女様とかって高校から呼ばれ続けてきた。本当の私は、その男の子に一途な恋する乙女なんだと言いたいのに....
病院の道場に大きな音が響く、剣道の防具に竹刀が当たる。
「メーンッ!」中里晴美は枯れそうな声を腹から出して私に当たってくる。私は竹刀を手返して胴に滑り込ませて引き胴を打つ。「ドーッ!」声を腹から引きずり出す。それと同時に審判の岩田孝介が「やめ」と終わりの合図をかける。それと同時に竹刀を収めて試合場の外に出て面を外す。私はアイスココアが入った水筒を飲む。すると後ろから孝介が声をかけてきた。
「お前突っ込みすぎだ。胴の一本前の面も体勢崩れてたぞ。」そう、孝介は大学の時から私に剣道を熱く教えてくれている。だからちょっと彼に憧れる私が心の中にいる。
「ありがとね、じゃあ私この後予定あるんで帰りますね。」
私は私服に着替えて道場を出て東京新宿の成城医科大学に向かった。
case Kentaro Yosioka
東京新宿は今日も妖艶なネオンで輝いている。そんな夜景を医局から眺めながら僕は今月末の学会で発表予定の論文の仕上げを行う。今回の学会では憎き中里晴美から次期学会長補佐の座を奪還しなければならない。去年は俺が補佐を担当し、今年は晴美が補佐の椅子に座った。次のチャンスは今年の12月の学会総選挙だ。ここでお偉い方の票と学会での功績で学会長、副会長、会長補佐に振り分けられる。現在会長は原洋介教授,副会長が新郷陵教授という順になっていて、神奈川医科大学出身が2人で我らが成城医科大学の人間は1人という不利な状況にある。そろそろ票集めが始まるが、今のところは向こうも動きを見せていない。ちなみに今回の選挙の争点はいわゆる中立派層の票をどうかき集めるかになってくる。具体的に今の学会の構成は成城医大派が29%、神奈川医科大学派が31%、その他中立派層で大きな権力を持つ前橋医療大学が20%という形だ。
論文の手直しが終わり時計を見ると針は18時半を指していた。コーヒーを取りに行こうとすると医局のドアが開いて見覚えのある人が入ってきた。
「久しぶり、健太郎くん。妹と今年も選挙やるんだって?」
そう言って俺のかたをたたいたのは、国分寺医療研究センター脳外科助教の中里美波さんだ。そしてあの晴美の姉だ。
「えぇ、会長補佐の席は譲れないんでね。」俺が自信をもって言うと美波先輩が言う。
「妹も論文準備で今日は徹夜するって言ってたわ。」やはり晴美も準備を始めているようだ。ここは少しでも相手の様子を探るためにも美波先輩から少しでも話を聞き出す必要がある。
「ちなみに美波先輩はもう論文に目を通しているんですか?」俺が聞くと美波先輩は耳元で囁いた。
「どう思う?もし聞きたいのなら、君のお兄さんに会わせてくれるなら教えてあげるよ。」美波先輩は名刺を机の上に置いた。俺は兄貴の居場所を吐いた。
「兄貴なら今第三手術室でハイブリッド血管の移植手術をやってますよ。」俺がそう言うと先輩は医局を出て行った。俺がデスクに戻って再びパソコンに目を落とすと今度は俺が今いちばん聞きたくない声が聞こえた。
「アンタはそこまでして私に勝ちたいのね。」
俺はもう半ギレの状態で答えた。
「あぁ、なんとしてもアンタだけには勝たなきゃいけねぇからな。」
晴美は余裕有り気に言った。
「諦めた方が身のためだよ、アンタに言った通り今回私が勝ったらアンタは『私』の彼氏になるの。」
そう、俺は今晴美と賭けをしていて、俺が勝ったら晴美は『俺』の彼女になる。そして無いとは思うが俺が負けたら俺はアイツの彼氏になる。これは俺と晴美が予備校時代からずっと続いている告白ゲームの延長戦だ。お互い自分の立場を譲らなかった結果、このようなことになった。
「じゃあここでお互いの中間報告をするっていうのはどうだ?」
俺がそう伝えると晴美は渋りながら言った。
「嫌だ。というか、ここでアンタは降参しなさいよ。今すぐ健太郎を私のモノにしたいの。」
もう晴美は俺を自分のモノにするつもりらしい。まだ勝負も決まっていないのに。
「そこまでしても俺に情報を渡したくないのか?」
晴美に訊くとあいつはSDカードを投げてきた。そして俺がそれを受け取ると晴美は続けた。
「その中に今私が作っている論文のコピーが入ってる。だからそれを確認して。それと健太郎の分も見せてよ。」
そう言って晴美は俺の肩に手を置いて手元のノートパソコンを覗き込んできた。そして晴美は独り言のように言った。
「なるほど、IPS細胞による骨髄液の培養とプログラム可能な髄液の実現かぁ。」
晴美にノートパソコンを渡して俺はデスクのPCに SDカードを差し込んで内容を確認する。どうやら内容は新たな3Dプリンターによる人工骨の生成についてみたいだ。1ページずつ目を通していくとやはり晴美のデータの正確さに驚かされる。俺は驚いてつい口に出してしまった。
「これは俺負けかもな。」
正直めちゃくちゃ恥ずかしい。自分の好きな、それもとびきり可愛い女子の前でこういうことを言うのは柄じゃないと俺は思う。きっと大学でも基本的に俺は勉強に専念して異性との関係を絶っていたからだろう。そんなことを思っていると晴美が言い始めた。
「私も正直健太郎の論文を見て自分のが怖くなった。だからあとは上の教授たちに任せようよ。」
俺は頷いてSDカードを抜いてパソコンを落としてコーヒーを喉に流し込む。そしてカップから口を離した時、内線電話が鳴った。そして音色は緊急事態を知らせていた。慌てて俺が受話器を取ると当直の研修医が切羽詰まった声色で言った。
「コードブルー!熱傷センターの骨盤骨折患者の容態が急変しました!吉岡教授応援に来てもらえませんか?」
俺はすぐに返事をして受話器を置いた。
「わかった、エコーの準備頼む。」
俺の会話から予想したのか晴美が言った。
「もしかして今の急変した患者ってうちから転院してきた患者?」
そう、容態が急変した患者は数日前に神奈川医科大病院から交通事故で80%以上の全身熱傷を負った患者だ。
「そうだ、多分内臓に機能不全が起きてるかもしれない。」
端的に内容を伝えると晴美は医局の扉の前のゴム手袋と医療用マスクをつけ始めた。俺は疑問に思って晴美に訊いた。
「なんでおまえがマスクしてるんだよ。」
俺の問いに晴美は真剣な顔で答えた。
「うちから運んだ患者が急変を起こしたの、こっち側の不備かもしれないから事実を確認するために私も行く。」
確かに晴美の気持ちもわかる。なんたってこの総選挙の期間に不祥事が発覚すれば選挙にも影響してしまうからだ。
「わかった、今回は特別に熱傷センターへの立ち入りを許可する。行くぞ!」
俺と晴美は高度集中治療室内の熱傷センターに走る。毎回患者が急変したというか知らせを聞いた時、俺は恐怖心に駆られる。だが今は晴美が一緒だ。俺がヘタれるわけにはいかない。この現場での指揮官は俺だと言い聞かせて俺は走った。
更新遅くなってすみませんでした!
入試勉強の合間がなさすぎて更新遅れました。
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