プロローグ:おじいちゃんが亡くなった。
「おじいちゃんが亡くなった。」
その知らせは、まるで遠い世界の出来事のように、圭介の心に響かなかった。祖父――あの堂々とした姿は、まるで別世界の人間のように思えたからだ。圭介は祖父とほとんど接点がなかった。裕福な家庭に生まれたものの、両親が駆け落ちを選んだことで、彼と妹の奈緒は祖父の庇護を受けることはなくなっていた。
それからというもの、親戚からは疎まれ、まるで存在しないものとして扱われてきた。親戚の集まりに行けば、冷たい視線が突き刺さり、出された料理にさえ毒があるのではないかと疑いたくなるほどだった。実際に、一度、彼らに出されたおにぎりに蛆が混ざっていたこともある。
「それでも、父さんは『家族だから』と言って、親戚の集まりには出席し続けていたよな…。」圭介はふと、当時の父の姿を思い出していた。
父親は大工。腕は確かだったが、金はなかった。駆け落ちしてからの生活は決して楽ではなく、母は資産家の娘としての生活を捨て、貧しい暮らしを耐え忍んできた。その結果、家庭はいつもぎすぎすしていた。両親の言い争いは日常茶飯事で、子どもたちに安らぎはなかった。
そんな家庭で育った圭介は、幼い頃から「お金こそがすべてだ」と思い込むようになっていた。小学生の頃、「お金で友達は買える」と本気で信じていた彼は、貯金箱に硬貨を詰め込むたびに、その考えが正しいと確信していた。
その一方で、妹の奈緒は、そんな兄を冷静に見つめていた。彼女は兄とは違い、「お金なんて、身の丈に合った分があればいい」と思っていた。それでも、兄のために、彼が苦労しないようにといつも気を使っていた。兄妹の絆は、貧しい家庭の中で唯一の心の拠り所だった。
そんなある日、圭介に一本の電話がかかってきた。
「遺産相続の話なんだけど…」
電話口の弁護士は、淡々とした口調で話を進めた。祖父が亡くなり、遺産相続の手続きが始まるという。その一報を受け、圭介は心の中で何かがざわつくのを感じた。疎まれてきた彼らに、祖父の遺産が与えられるはずがないと思っていたからだ。
「だけど、遺言には条件がある。『合言葉を見つけた者に、全てを相続させる』というものだ。」
「合言葉…?」圭介は聞き返した。意味が分からない。遺産相続という現実的な話に、まるでゲームのような条件が付けられていることに困惑した。
その夜、圭介は奈緒とその話を共有した。キッチンのテーブルに座る奈緒は、話を聞きながら小さく笑みを浮かべた。
「合言葉って、まるで宝探しみたいだね。おじいちゃん、変わってるね。」
「笑いごとじゃない。俺たちにとって、これは最後のチャンスなんだ。」圭介は険しい表情で奈緒を見た。
「お金を手に入れて、親戚連中を見返してやる。それに、俺たちにはもう、これしか残ってないんだよ。」
その言葉に、奈緒は少し驚いた表情を見せた。兄が遺産にそこまで強い執着を持っていることは、彼女にとって意外だったのだ。しかし、彼の決意は本物だった。
「分かったよ。じゃあ、私も一緒に行く。兄ちゃんが一人でそんなことやってたら、きっと途中で投げ出すからね。」
そう言って奈緒は、にやりと笑った。
こうして、二人は祖父の遺産を巡る旅に出ることになった。合言葉を探し、日本各地を巡る旅――だが、その先に待つのは、単なる遺産ではなく、もっと大きな何かだった。