異世界と変貌
「何がどうなってんだ……」
効いてない?どうゆう事だ?俺が帰りたいって考えたこととどう関係がある?もしかして、みんなが帰りたいとか怖いって言う感情がないのには理由があるのか?そして、それが何かしらの作用で起こっていることなら効いてないってのも理解できる。くそ、なんだよ。
目の前でいつもと同じように歓迎され、説明をしているクライスら、さらにその話をなんの疑問もなく運命だと受け入れて前向きなクラスメイト。この状況が作り出したどうしようもない不安が自分にのしかかってきた。そして声に出して吐き出すことさえもできない理不尽さまでもが牙を剥き、自分はこの世界において異物であると突き付けられている気分だった。俺はこの時、異世界に来たと言う意味を初めて理解した。
「――この世界を救って欲しい。頼む」
クライスさんの長々とした何度も聞いた説明が、まるで絶望を伝える前説に感じた。そして、説明を受けたクラスメイトたちが世界を救わんと熱を持つ。俺はこの帰りたいと言う気持ちを押さえ込んで、なんとか平然そうに過ごさなければならない。死にたくないならば。
しばらくして、クラス全員が移動することになった。なんでもいいから、俺は一人になりたかった。とりあえず、一通り終わった後に部屋に案内されたはずだったから、それまで耐えることにした。
「おい、顔色悪りぃぞ。斉藤大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。ありがと」
よほどひどい顔をしていたのか、高橋が話しかけてきた。恐怖を押し殺すってのは人生で初めての経験だから、知らなかったがこんなに辛くてしんどいものだったなんてな。病は気からとは言うが、そんな感じで俺も恐怖で足がおぼつかないような気さえしてきた。恐怖を感じなかった今までを危惧するべきか、羨ましく思うべきか俺にはもうわからなかった。
「それでは、順番に能力判定をしていきます。では相田智文様からきてください」
あ、能力判定って不味くね。俺は能力がサゴだから追い出されるじゃんか。そしたら、外で死ぬ自信しかないし、前みたいにでまかせでどうにか取り合ってもすぐボロがでたし、俺もしかしたら一生この時間をループすんのか?
そして続々とクラスメイトたちが部屋に入っては、また入っていく。わんこそば状態だった。しかし、俺からすれば自分が刑をまつ罪人のように思えてくる。目に見えてわかるタイムリミット。自分では生き残ることさえままならない世界。そして、恐怖心や疑問を取り除く力をかけられていたと言う謎。これらは俺をただの置物にするに十分だった。
「では、斉藤佑樹さん。きてください」
「……はい」
そして、俺から滲み出る汗が蒸発し切った頃合いにその時はやってきた。一歩一歩、歩みを進めると薄れかけていた恐怖が少しずつ、まるで噴火を待つ活火山のように感じられ、それの熱を無くそうと冷や汗が少しずつまた出てくる。
「では、能力を判定しますね」
スクロースさんはいつも通り騎士に目配せをする。しかし、何故か少し顔が曇っているように見えた。
「斉藤佑樹様、あなたの能力は【バックウォーカー】最下位能力ともう一つ能力があるみたいですね。しかし、その能力が未知の物のため判別ができません。心当たりはありますか」
心当たり……?そんなんないよ。さっさと追い出すなら追い出してくれ。
「ないです」
「そうですか、でしたら後日判別をまた行いますので今のところは大丈夫です。では奥の部屋に行ってください。クルス案内を」
「かしこまりました。では斉藤佑樹様着いてきてください」
あれ、こんな感じだったけ?追い出される時って。まぁいいか。
俺はそのクルスと言う騎士に着いていくと、その先ではクラスメイトたちが集まっていた。
「え?なんで……」
「どうかなさいましたか?」
クルスが問いかける。
マズイ怪しまれたか?俺は慌てて訂正する。
「いえ、なんでもないです」
クルスは少し俺の目をじっくり見る。
「そうですか、ではここに皆さん集まっているのでごゆっくり」
そして、踵を返してクルスは跨いだ場所に戻って行った。
俺は呆然と何も考えられなくなり、突っ立っていると目の前から高橋が近づいてくる。
「何ぽけっとしてんだよ。やっぱ体調悪いのか?」
「……高橋」
そこで俺は霧が晴れたように意識が少しずつ戻ってきた。そして、スクロースに聞かれた心当たりを思い出した。
「死神だ……」
そう彼女の残した何かが、血肉を操る術があったことを思い出す。俺の体にはこの世界とも違う異世界の力があることに気づいた。
「マジで大丈夫か?厨二病はキチーぜ」
高橋が呆れ顔になっていた。
「あっ、違うから、大丈夫だから一人にしてくれ、頼む」
「そうか?じゃ」
完全に高橋からすればやばいやつになってしまった。けど、俺は死神の置き土産にしか興味がなかった。
「これはもしかしたら……」
俺はクソッタレのループから抜け出すための力を手に入れてるのかもしれない。いや、手に入れたんだ!これは幸運なんだ!
そう俺は歓喜していた。だが、それがこの力に対する恐怖を無くそうとしているだけの妄言と言うことに、俺は気づかない。いや目を離していただけだ。蜘蛛の糸のようなか細いものもないから、自分で希望を捏造するしかなかったのだ。