血肉と帰還
どうして俺は死んだんだ?いや、違うな。俺は何をされた?あの死神に。
俺は疑問を持ちながら見慣れた鉄の扉の前で少しかがむ。何回も繰り返していくとどれぐらいの角度でどこから切られるのかわかってくる。
「おい、死神。お前人体を壊せるのか?」
俺は後ろにいるであろう死神に向かって率直に聞く。しかし、返事は帰ってこない。
「俺は未来を知っている。だからあんたが殺しにくることも、どのように殺そうとするのかも知っていた。そして、その未来ではあんたに触られただけで俺のから――」
あっ、首飛んだわ。首チョンパを経験しちゃったよ。
俺は今さっきと同じように攻撃をよけ、質問した。そして話している時に首を切ってくる。ことも視野に入れてそれも避けたが、結局殺される。
「ちょっと待て、なんで俺を殺せるんだ?死神が」
名前を知った上で俺を殺した人間は俺を殺さなくなり、そこからやり直しが始まるんじゃないのか?実際一回は死神も俺を殺さなくなっていた。しかし、そのあとやり直しが始まってからは俺を殺せるようになっている。なんでだ?
俺は死神に触れられた手を見る。凝視しても今までどうりの自分の手であることには間違いない。だが、何か違和感がある。決して変わったわけではない、何か、そう何かに気付いたような。そんな感じだ。
そんな疑問と故も知らぬ恐怖に怯えていたとしても、死神は容赦なく俺の胴を切り裂く。何度も切られたとしても痛覚は鈍くはならず、常に最大限の痛みを俺に伝えてくる。
そして、気がつくとまた鉄の扉の前に立っていた。
まずい、今は完全に想定外の事態に陥っている。とりあえずあいつが俺の手に何をしたのかを知らなくてはならない。あいつは俺の手をどうしてた?両手で触れて何かを探してた気がする。
俺は自身の左手に右手を触れさせゆっくりと撫でるようにする。すると、何かがあった。飛び出ているわけでもなく、触り心地が違うわけでもない。何か自分の体の奥、奥の奥にしこりのような者が溜まっている。俺はそれが死神が残したものだと確信した。
これだ。これを使えば……
そう思い、どうするべきかも知らずになんとかしてそのしこりを使おうと無闇矢鱈に体に手を伸ばした時、体の奥から溢れ出たのだ。あの時と同じように体から、あるはずのない力に押されて暴れる血肉が。そして、自身の魂が外に出て行った――
俺の頭に流れてくる。血肉の作り方。治し方。そして、支配し己のものにする方法が。それらは自分が力を得たことを伝えると共に、体がもう元どうりにはならないこと、そして、真人間ではなくなっていることを知らせた。
「よくぞ、答えてくれた。異界の勇気ある若者たちよ。ここはスラン国、今この世界を救ってもらうために君たちを召喚した」
俺は城に召喚された。
「は?なんで……」
周りを見渡すと見慣れたクラスメイトが兵士に囲まれている。それをみてまた初めからだと理解すると共に、俺の頭には一つ新しい思いがあった。
帰りたい。そんな、ごく普通の考えだ。しかし、俺はこの世界にきてから、思ったことがなかった。あの監獄に囚われていた時でさえ、帰ることを、日本の生活を恋しいと思うことがなかった。
今となってはおかしいことでしかない。なぜ俺は帰りたいと思えなかったのだろうか?いや、それよりなぜ帰る方法に着いて誰も気に求めてないのだろうか?クラスメイトも見る限りだれも、帰ることを考えてはいなさそうだった。
そして、説明をしているクライスさんでさえ、元の世界のことや帰還の方法があるのかも言わない。おかしい。なんで誰もパニックにならないんだ?
そう考えていると自身の頬に液体が伝っていることに気がついた。これは汗であると何もせずともわかる。そして体中から汗が噴き出ていることにも気がつく。誰もパニックになっていないわけではなかった。ここでパニックに陥っているのは俺だけだったのだ。
「以上が貴公らを呼んだ理由だ。急にこのようなことになったため不安も動揺もあるだろう。だが、それも乗り越えてこの世界を救ってほしい。どうか頼む」
クライスさんが話を終えたようで、静寂が訪れたが、しばらくするとクラスメイトの面々、特に男子たちが次々と「任せてくれ」とやる気に満ち溢れている返答をし始め、クラス全体が世界を救おうと鼓舞し始めた。今までのループよりももっと熱気があり、何かがずれ始めていることがわかる。この時までループが遡ったことで、これまでとは違うことになっていることはわかっていたのだが。
しかし、そんな違和感が些細なことに感じられるほど俺は一つのことしか頭になかった。それは帰ることだ。おれはこの世界で戦うこと、生活することにひどい不安が襲っているからだ。なんでこれまで冷静にいられたのかわからないほどに。
「すみません。元の世界に帰る方法ってないんですか?」
俺は震える体に鞭を打つような気分で声を上げた。周りのクラスメイトも賛同してくれるだろうと思いながら。しかし、誰も賛同してくれるものがおらず。むしろ、なんでそんなことを聞くんだと言わんばかりの蔑みの目を俺に向けてきたのだ。俺は恐怖にしか包まれなかった。
「……そこの君はこちらに来てくれ。それ以外はスクロース頼む」
「はい。それでは皆さん着いてきてください。能力の測定しますから」
そうして俺はクライスさんに、他のみんなはスクロースさんに連れられて移動した。少しばかり歩いたところの突き当たりに扉があり、クライスさんが扉を開いて入るようにいった。よかった。ここに帰るための装置があるんだと安堵しながら入った。しかし、そこは何もない。ただの物置部屋のようだった。
「あの、どうやって帰――」
その時俺はクライスさんに真っ二つに切られた。一瞬の出来事で何もわからなかったが、クライスさんが呟いた「コイツには聞いてなかったようだ」と言う呟きだけが耳にこだました。