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それを恋愛と言うべきか  作者: 夜霧ランプ
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そうであってほしい人

 待ち合わせ場所のカフェに行って、白いバッグと黄色いカーディガンの女性を探す。まだいないようだ。

 私の服装は、灰色のブレザーと臙脂のネクタイの制服であると教えてある。黒の通学バッグを持っていると言っておいたので、たぶん同じ制服の子がいても、多少は見分けがつくだろう。

 同僚のモラハラをどうにかしてもらいたいのに、その同僚の妹が高校生じゃ心もとないかも知れないが、相談くらいは受けられる。

 私はカフェの店員さんに「待ち合わせです」と告げて、ガラス張りの壁の外を見た。


 一ヶ所、動かない人を見つけた。


 町の中で色んな人が色んな方向に歩いている。スクランブル交差点の信号は全面は青なので、人々の動きは止まったりしない。

 その中で一点、全く動かない人の影。


 それは、黒いコートを着てスカーフを被り、オペラグラスを覗き込んでいる女性だった。

 変な人が居るなぁと思ってると、その女性はオペラグラス越しに私と目が合ったような反応を見せて、横断歩道のほうに歩いて行った。


 やがて、変な女性はカフェに入ってきた。私の居る席に近づいてくると、「小田井奈津さんですか?」と聞いてくる。

「はい…」と、返事をすると、変装をしていた女性は黒いコートを脱ぎ、髪からスカーフを外す。スカーフの下から出て来た艶々の長い髪の毛に、思わず目が奪われる。

 ほんの三秒もかからずに、黄色いカーディガンを羽織り、小さな白い革のバッグを持った女性が現れた。


 西田彩子さんは、兄貴が好みそうな、小柄で社会人にしては童顔の、愛らしい顔立ちの女性だった。


 どうやら、西田さんは私の声があまりに兄貴に似すぎているので、なりすましでは無いかと思って、一応変装をして来たのだと言う。

 変声期後の男性と声が似ていると言われるのは、女性としてはとても嬉しくない。


 話を聞くに、兄貴の所属している部署に西田さんが来たのは、丁度一年前だと言う。兄貴がその部署に来た時期とは半年違い。

 部署移動とかだと、学校みたいに一年単位で人が入れ替わると言うわけでは無いようだ。

 そんな感じで、兄貴の六ヶ月違いの後輩になった西田さんは、チェックだ確認だと言っては「書類の文句を言いに来る」兄貴が嫌になっている。

「電話でも話した通り、他の人が作った書類や、ミスをした集計なんかの問題も、全部私の所に持ってくるんです」

 そう言われて、私はちょっと考えてから、「上司の人達は、そのこと知ってるんですか?」と聞いてみた。

「知ってますけど…。上司達は、あまり問題にしたくないようで」

「なんでまた?」

「小田井さんが『標的』にしたのは、私が初めてじゃ無いみたいなんです」


 西田さんの話を聞くに、うちの変態は、自分好みの後輩を見つけては、最初は難癖をつけたりミスを指摘したりして、「謝らせる快感」を得ていたそうだ。

 そのストレスに耐えられなくなった人員から次々に辞めて行くが、男性社員からモラハラをされて退職したとなると体裁が悪いと上司から言い含められ、みんな「一身上の都合によって」退職するようになっている。

 おまけに、西田さんが標的にされてから、他の女子社員へのモラハラが減ったとして、上司達は辞職するのさえ「堪えてくれ」と言ってくる。つまり、西田さんはスケープゴートにされているのだ。

 そりゃまぁ大変だなぁと言うわけで、私は西田さんにスマホの操作方法を教え、入れ知恵をした。


 数ヶ月後、西田さんは毎日毎日続く兄貴の嫌がらせを録音した記録を、警察署に持ち込んだ。

 相談を受けた警官は、法的にどんな訴え方があるとかを西田さんに教えてくれた。

 一昔前の警察だったら、嫌がらせに対する女性の訴えなぞは「あんたも構ってもらって嬉しいんでしょ」とか言われて門前払いを食っていたらしいが、持って行った所の警察官の質が良かったようだ。

 西田さんは法的手続きの装備を備えて、兄貴と会社を訴えようとした。

 しかし、その動きをどこで悟ったのか、会社は西田さんに栄転先への移動を勧め、兄貴には「書類やデータを扱わない仕事」をさせるようになった。本当に起訴されて、社名がバレて大事になるのを嫌ったのだ。

 西田さんは待遇の良い栄転先へ移動し、兄貴はほぼ社内ニートになった。

 兄貴は今、会議の時の長テーブル運びやパイプ椅子の設置、お客さんが来た時のお茶出し、そしてパソコンも置かれていないデスクに向かって人生を考える日々を過ごして給料をもらっている。

 これは…ウィンウィンと言うものだろうか。


 西田彩子さんとの、兄貴風ラブロマンスを盗み読んでみると、こうだ。


「彼女は、頬っぺたをつつくような僕の悪戯が、恥ずかしかったみたいだ。手の中から逃げて行く小鳥のように、僕の知らない所へ消えてしまった。あんな幼い彼女に、僕より丁寧に仕事を教えてくれる先輩なんて、他にいないだろうにね。

 きっと、僕の居ない世界の苦難を、彼女は想像もしていないだろう。彼女が助けを求めて来た時の準備をしておかなくちゃ。僕達の恋愛は、これから始まるんだ」


 記憶が近い記録のためか、ポエマー指数が上がっている。

 どんなに移転先が辛くても、お前に助けを求めには来ないだろう…そう思って、私はそっとノートを元の場所に戻しておいた。

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