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それを恋愛と言うべきか  作者: 夜霧ランプ
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お兄ちゃんはドジっ子が好き

 ある日、温泉旅行に行ってきた親族からもらった温泉饅頭を兄貴の部屋に持って行くと、メモを発見した。


「第5位:伊藤聖子


 第4位:日向明奈


 第3位:井上真弓…」


 と書かれているノートのぺージだ。


 全然知らん女性の名前の羅列を見て、地下アイドルとかの好みのランク付けかな? と思った私は、見た事を告げるようにそのランキングの上に温泉饅頭を二個置いて兄貴の部屋を去った。


 同日、知らん女性から家電に電話がかかってきた。

 私が「はい。小田井(こだい)です」と言って出ると、声の主はしばらく黙ってから、「私、西田彩子(にしだあやこ)と申します。小田井(そう)さんはいらっしゃいますでしょうか?」と返ってきた。


 兄貴の名前を言われて、私は今の兄貴の様子を思い出した。部屋に籠って、何かに話しかけていた。たぶんお気に入りのフィギュアかアイドルのポスターか配信でも観てブツブツ言ってるんだろう。

 私は奴の趣味の時間を優先して、「いえ、今、留守です」と答えた。


「そうですか…。ありがとうございました」と呟くと、電話口の人物は、物悲しそうな溜息を残して電話を切った。


 私は、「西田彩子」と言う人から電話があったことを兄貴に告げた。兄貴は、肩をぴくっと揺すったけど、「ふーん。そう」とだけ言って、反応は返してこなかった。


 次の日、おやつの煎餅を兄貴の部屋に持って行ったとき、ノートのページに更新があった。


「第2位:西田彩子」


 どうやら、地下アイドルのランク付けではないらしい。私は煎餅を投げないように兄貴の机の上に置くと、ノートを手に取り、内容を読んでみた。


 その内容によると、どうやら兄貴は過去に何人かの女性と「良い感じ」になって、破局して来たと言う。

 破局と言う表現は、兄貴個人の表現そのままなので、本当に「成り立っていた関係が破綻した」のか、「兄貴の片思いが失われた」のか、「両思いだと思い込んでいるだけだったのか」と言う、色んなバリエーションが想像できた。

 

 伊藤聖子との間柄はこんなものだ。

「出会いは十七歳。同じクラス。彼女は、いつも靴紐をしっかり結べない子だった」

 思い人がドジっ子であると言う変な語り出しから始まった。

「伊藤さんが、自分の靴紐を踏んで転んでしまった。僕は助けの手を差し伸べた。そしたら、伊藤さんは真っ赤になって、逃げるように去って行った。そんなに照れなくても良いのに」


 照れ? と読んで、ちょっと変な感じを受けた。

 どんな風に転んだかは書かれていないかと、もっと詳しく読んだ。派手に転んだんだったら、その恥ずかしさで逃げたくもなるだろう。

 しかし、転んだ部分の描写はそんなにない。

 その代わりに、「その日から、僕は伊藤さんが転ばないように、彼女の靴紐をチェックする習慣をつけた」とある。

 そんな習慣つけんなよ! と言いたくなる告白に、血縁ながら薄気味悪さを覚えつつノートを読む。


「一日目、結んである。二日目、ちょっと緩んでる。三日目、ほどけている。僕が指摘すると、慌てて結ぶ」

 この三段階の日々が、二ループくらいした後、兄貴は伊藤さんに「靴紐の上手な結び方」を教えたそうだ。


 三ループ以降も、兄貴は伊藤聖子さんの靴紐がほどけている度に結び方を教えていた。

 それも、伊藤さんに結ばせるのではなく、兄貴手ずから。

 同じ女子として思うに、伊藤さんはものすごく嫌だったろう。理由がなんであれ、同年代の男性が自分の足元で、靴紐をもぞもぞ結んでいるってどうなんだ。

 それに、毎日特定の女子の足元をチェックしている異性の同級生が居るってどうなんだ。

 兄貴にとっては、その交流は「青春の甘酸っぱい一時」のようだが、私は恥ずかしさか怒りで顔を真っ赤にして強張らせている女の子を思い浮かべた。


 その後、伊藤聖子さんは友達とつるむようになった。兄貴を遠ざけ、靴紐もぎゅうぎゅうに結ぶようになった。そして兄貴が「靴紐結べるようになったね」とか幼児じみた事を言うと、ガチギレ顔で兄を睨みつけ、友達と一緒に何処かに去るようになった。


「純粋な彼女を、誰が変えてしまったのだろうか」と書かれていて、「いや、お前だよ」と私は頭の中でツッコミを入れた。


 次のページは日向明奈の項目が書かれていた。読みづらい苗字だが、どうやら「ひむかい」であっているようだ。一部、ルビが降られている所があったんだ。

 日向明奈も、またドジっ子であった。

 大学時代の兄貴が度々足を運んでいた喫茶店のウエイトレスさんで、時々注文した飲み物を溢してしまう事があった。

 兄貴は、そんな日向さんの行動をじっと観察して、常々彼女がドリンクを溢すんじゃないかと心配していたらしい。

 もちろん、客から熱烈な視線を浴びている日向嬢は、配膳をするときに「失敗しないように」と緊張しただろう。そして、兄貴が見つめている時に限って、配膳を失敗するのだそうだ。

 絶対これ、兄貴の悪影響だろと思いながら読んで居ると、「何故、彼女は僕が居る時に限って失敗するのだろう」と言う、一応疑問は書かれていた。

 それから、「きっと、彼女の中の、他人の前で委縮してしまう弱さを、僕の前で表現してくれている、ある種の心の開放なのかも…」云々と言う、だいぶ、思い込みの激しい内容が記されている。


 その後、毎回ウエイトレスを睨みつけている客が居ると言う、他の客からの指摘があり、兄貴はその店に二度と足を踏み入れられなくなったそうだ。

「小さな恋物語に、こんなに大きな障害を用意するなんて、神様は意地悪だね」と、ポエマーな事が書かれていた。

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