第三話 お受験、失敗
引っ越しでバタバタしていました。
再び気長に進めていきます。
帰り際に発したゼファロさんの受験という言葉。その言葉を聞き、再び我が家は騒ぎ始めた。
「そうだわ!お受験!どうしましょ、倒れたことで頭がいっぱいでその事をすっかり忘れていたわ」
「俺もだ。そういえば、もうそんな時期だったのに。けど、今回はしょうがないさ。ゼファロさんも言ってただろ、次を狙えって」
「そうだけど……」
「ね、ねぇ」
両親は真剣に頭を悩ませているが俺も悩んでいる。受験って何!?
「受験ってどういうこと?学校に行くの?」
「がっこう?なんだそのがっこうってのは?」
「あ、いやなんでもない。(学校も通じないのか)それで、受験って何?」
「お隣の大きな町にある魔法を学ぶための学び舎に行くための試験よ。ヤサオはね、今年十を超えたから受験資格があったんだけど……」
「その、何と言っていいか……ヤサオが倒れている間にな、試験が終わってしまったんだ」
「えっ」
えええええーーーー!!!???なんだってぇぇええ!!!!!?????
魔法を学べる学校とかファンタジーの王道じゃん!え、俺もう行けないの!?行きたかったあああああ!!!!
「もう一度チャンスはないの?お兄ちゃん病気だったんだよ」
(そうだミニアよく言った!)
「それがね、残念だけど、今年入っていいですよーっていう人数を超えちゃったらしいの。だから、ヤサオがもう少し大きくなって、学び舎も変わった時にまた受験してくださいっていうお知らせが来ると思うの。ゼファロさんが言ってた数年後ってのはそういうことよ」
(小学生の定員数がいっぱいになったから、中学生になったらまた受験してねーって事か)
「そっか。それならしょうがないよ。もともとは倒れたお…僕が悪いんだし。今回は縁がなかったってことで」
「ヤサオ、お前難しい言葉を知っているんだな」
「ええ、それに今僕って」
「あ、うん言葉は何かの本に書いてあって、僕って言うのは、変かな?」
「いいえ、変じゃないわ。でもどうしたのいきなり」
「ちょっと、変えてみたくって。へへっ」
「そうか。でもなヤサオ。今回のこと、お前のせいじゃないぞ。ヤサオはまだ子供なんだ。なのにそれを管理できなかった俺達のほうが謝らないといけない。ごめんな、ヤサオ」
「そうね、そのとおりよ。ごめんなさい、ヤサオ」
「ちょっと、二人は悪くないよ!今回は無理をした俺、じゃなくて僕のせいなんだから」
「そんなことないよ!みぃんな悪くない!ほんとのほんとにみんな悪くないんだよ!!」
俺と両親が一歩も譲らずごめんなさいの応酬をしていると、堪り兼ねたミニアが俺より小さな体をさも怒ってますとばかりにアピールしながら間に入ってきた。
「それに、だったらあの時寝ていたお兄ちゃんを無理やり起こして、もしかしたらそれが体調を悪くさせた原因かもしれないし、お兄ちゃん、あたしもごめんなさいぃ」
「えぇっいや、ミニアはなんにも悪くないよ!あの時寝ていた兄ちゃんを起こしてくれたんだもんな。ありがとう。おかげで風邪もひいてないし、ほらこうやって元気になったんだし」
「でも、でもぉ」
「二人とも、落ち着いて。ほらわかったわかった。誰も悪くない。な、そういうことだろ、二人とも」
ミニアは母さんにしがみつき嗚咽を漏らしている。それを見た父さんは困り顔でミニアの頭と俺の頭をなで、みんなに言い聞かせるようにそう言った。結局誰も悪くない。そういうことだ。
その日の晩御飯。俺にとっては初めての異世界飯は少しパサついているパンとなにかの肉と、味の濃いスープだった。パンはきっとあっちにもあった普通のやつ、の少し日付が経過したやつ。なにかの肉は、なにかの肉。鳥でも豚でも牛でもないことはたしかだ。スープはシチューほどこってりではないけど、みそ汁のようにさっぱりもしていない。なるほどこれが異世界のご飯。うん、うまいじゃないか。
異世界の料理が思いのほかおいしくて、レトルト三昧だった俺の舌は鷲掴みされた。犬だったなら尻尾をぶんぶん振っていただろう。
よほど俺がおいしそうに(実際おいしいんだが)食べてたのか、母さんがおかわりの打診をしてきた。舌と心と脳内は食べたいって言っているが、肝心の胃袋がNGを出しているので丁重に断った。流石成長期前の子供の胃袋。予想以上に入らなかった。
でもま、毎日このご飯が出てくるなら今ここで爆食いしなくてもいいし、いやー《母さん》もご飯うまかったけどこっちの母さんもご飯うまくて俺は幸せだ。
次は風呂だ。さすが異世界。湯舟がない。何ならシャワーもない。え、どうしろと?
病み上がり一発目のお風呂という事で今回は父さんが同伴することになった。最初は俺と母さんとミニアが一緒に入るってことになったが、さすがにそれは出来ないので男同士で背中を流したいと父さんにラブコールを送った。すると父さんは感動したのか目に涙を浮かべ「そうだな、男同士久々に裸を共にするか!」と俺の肩に手を伸ばしぎゅっと握りしめた。言い方に問題があるし、あと力を緩めてほしいとは思ったが言えなかった。
話を戻すと湯舟もシャワーもないここでどうやって風呂に入るのか。簡単だ。事前に沸かしておいたお湯をここで一気にあびる。文字通り頭から。そして濡れた体をタオルで拭く。わぁなんてお手軽なんでしょう。
父さんが言うには石鹸は高価でこんな田舎じゃまず流通しておらず、よほどの汚れでもない限り、こうして湯をかぶって拭く程度で終わらせるんだと。それでも汚れが気になる大人は浄化魔法を使って全身を洗浄していくんだとか。俺が三週間も寝ていた時は、ユリーン様が定期的に浄化魔法をかけてくれていたんだと知り、今度何か持ってお礼に行かなきゃなと心に誓った。
俺と父さん、ミニアと母さんの順番で風呂に入り終わるとさあ就寝タイムだ。早いって?そりゃそうだろ。なんせ娯楽がなんもないんだから。
TVはもちろんないし、ゲーム機だってPCだってスマホ、携帯もなんにもない。当初現代っ子である俺には耐えられないと思ったが、案外なければないでどうにでもなると知る。ようは慣れだ。
今日は父さん母さんの部屋でみんなで寝ることになった。壁から母さん、俺、ミニア、父さんっていう順番で。なんていうかくすぐったい感覚ではあるが、不思議と嫌じゃなかった。これが家族の絆ってやつなのか。
「お兄ちゃん」
体感時間八時、俺からすればまだ夕方感覚のこの時間にぼんやりとベッドに入って眠りにつくのはいつぶりだろうとうつらうつらしていたら、隣で寝ているミニアから声をかけられた。
「どうしたんだ?」
「あのね、明日いっしょに遊んでね。明後日もその次も、ずーっと一緒だよ」
言い終わると俺の手にそっと触れぎゅっと握りしめてきた。その手はかすかに震えていた。
不安だったのだろう。ミニアは俺が倒れるのを目の前で見ていたんだ。さらに三週間も寝込むという、この子の年からすれば考えられないことが起こってしまったのだ。無理もない。
俺はそんなこの妹に大丈夫と語りかけるように、優しく握り返す。
「もちろんだよ。明日も明後日もその次も、その次の次だってずーっと一緒だ。もう不安にさせないよ」
ぽんぽんと反対の手でお腹を叩くと、落ち着いたのかそのまますーっと眠りについていった。すうすうと寝てはいるがミニアの手の力は緩まないし、俺も離す気はないのでこのまま寝ようと体制を整えると、今度は俺のお腹がぽんぽんと叩かれ始めた。
「母さん、僕もう子供じゃないよ」
「いいえ、あなたは子供よ。私たちのかわいいヤサオよ。いつまでたってもね」
「……うん。ありがとう」
「ふふ、さぁあなたももうお休み」
「はーい。おやすみなさい、母さん。父さん」
「ええ、おやすみ」
「ヤサオもおやすみ」
こうして俺の意識は深いところまで落ちていき、それと同時に異世界(意識あるver)の初日も幕を閉じていった。
目覚めは太陽と共に。コケコッコーの合図があれば完ぺきだったが、あいにくの異世界。残念ながらここにニワトリがいるかどうかは分からない。
俺が目覚めたときには既に母さんも父さんも寝室からいなくなっていた。そして唯一ここにいたミニアだが、どうやらこの子の寝相は芸術センスあるらしい。隣で眠っていたはずなのにいつの間にか彼女は足元に移動しており、九十度態勢が変わっているではないか。さらに言えば片足はすでにベッドから落ちている。これで熟睡しているんだからすごい。
起こすべきかとも悩んだが、特に起こさなくちゃいけないわけじゃなかったので、落ちていた足をベッドに上げこれまた床に落ちていたタオルをかけ、俺は顔を洗うべく寝室を出た。
はて顔を洗うのはどこだろう。意気揚々と寝室から出たはいいが、洗面台ってどこだ。そんなに広くない家だし、構造的に奥のほうって思うんだがこの推理は当たっているのか。答えは正解だった。俺は難なく目的の洗面台にたどり着くことができてしまった。
軽く身支度を整えたので、寝間着から服を着替えるために自分の部屋に戻ろうと洗面台を後にする。
「あらヤサオおはよう」
適当な服に着替えたので、先ほどから気になっていた匂いのもとに本能のままに進んでみると、そこには白いエプロンをした母さんが、包丁を片手に朝食を作っていた。
「母さん、おはよう」
俺はとことこと邪魔にならない位置まで近づき、じーっとその姿を見る。包丁さばきも、食材を焼く姿もひどく《母さん》とだぶってしまう。顔かたちや体系も違うというのに、懐かしさを覚えるその姿。これがホームシックってやつなのか。
包丁を使い終わるのを確認し、俺は母さんに背後から抱き着いた。
「ヤサオ?どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
「ふふ、おかしな子ね。お腹すいてるの?もうちょっと待っててね、すぐに終わらせるから」
「うん。ありがとう母さん」
俺に抱き着かれながらも器用に朝食の準備を進める母さん。慣れているのかもしれない。流石に洗い物の時に邪魔はできないので名残惜しいがここで一旦開放する。我ながら大胆にも恥ずかしい行動をとってしまったと自覚する。
「テーブルに用意するから、その間にミニアと父さんを呼んできてちょうだい。父さんは外にいると思うから」
「わかった。行ってくるね」
「お願いねー」の声を背後から聞き、頼まれた任務を全うするためにキッチンから出る。まずは父さんだ。
父さんはすぐに見つかった。母さんの助言の通り家を出ると、遠くからたん、たん、という音が聞こえてくる。自然と音のするほうに足を進めると、そこは家の裏にある庭だった。近づくにつれ音はたん、たん、からダン!ダン!という力強いものへと、そして微かな息遣いも聞こえてくるようになった。
「父さん、おはよう。朝ごはんできたよって母さんが」
「おっ、ヤサオおはよう。そうか分かった。あとこれだけ切り分けたらすぐに行くって伝えてくれるか」
「わかった。伝えておくね」
にっと笑った歯は白く、額に光る汗が眩しい。早朝からなんて爽やかな人なんだ。
父さんは俺の返事を聞き作業に戻っていった。木材を振り上げた斧で更に小さくする、いわゆる薪割りの作業だ。さっきから聞こえていた力強い音は、薪を割る時の音だったんだと納得する。
なんてことないこの家のルーティーンかもしれないが、≪俺≫からすれば何もかもが新鮮で真新しいものに見えてしまう。ミニアを起こさなきゃいけないのに、俺は近くにしゃがみ込み薪割りの様子を暫く見ていた。
「っと、こんなもんか。ってヤサオまだいたのか」
ある程度の区切りがついたのだろう、作業に没頭していた父さんはしゃがみ込んでいる俺の存在に気付いてしまった。
「ああうん。ちょっとね。でももう行くよ。ミニアも起こさなきゃいけないし」
「なんだ、ミニアはまだ寝ているのか。じゃあさっさと戻らないとな。母さんにもどやされるぞ」
「うっそれはやだな」
「はは、だろう?」
だからほら行った行った、と促され今度はミニアを起こすべく家の中に戻る。まだ見ていたかったというのが本心ではあるが、またの機会に見せてもらおう。
ミニアを起こす任務。これは失敗に終わった。何故ならもうすでにミニアは起きていて、テーブルに誰よりも早くから座っていたからだ。
「あっお兄ちゃんおはよう!」
「おはようミニア。なんだ起きてたんだ」
「うん!お母さんの作ってくれた朝ごはんの匂いで起きちゃった。ん~いいにお~い。あたしもうお腹ぺこぺこだよ!」
「そうだね。僕もお腹すいてきちゃった」
「はいはい、二人ともお待たせしました。あら、お父さんはまだ終わってないの?」
「ううん。さっき一区切りついたって言ってたからすぐに来ると思う」
「そっか。それじゃあいい子の二人はお父さんが戻ってくるまでもうちょっと待てるかしら?」
「「もちろんだよ」」
にっこり満点の笑顔を妹とキメた。
「そうだ、ヤサオ。お前にいい話があるぞ」
「いい話?」
その話が出たのは、朝食も終わり団欒の時を過ごしていたそんな頃合い。
ぶつ切りで終わってしまいました。
近いうちに更新します。
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