プロローグ~結局俺は死んだの?生きてんの?~
人生で初めて小説を書いてみました。
おかしな点がございましたらそっと伝えてください。
よろしくお願いいたします。
―――やさしい男になるように。
小学生のころの宿題に、自分の名前の由来を聞いてこよう!というのがあった。生活の時間だったか、道徳の時間だったかはもう覚えていないが、うっすらと記憶にこびりついているその宿題。
同級生達の「はーい」という勇ましい声。負けじとおれ自身も元気いっぱいに返事をし、先生から「もう少し声は静かにね~」と言われてしまった。その言葉を聞くと、なぜか勝った気になりしょうがないなと言わんばかりに鼻息荒く手を膝の上に戻した。
ところがどっこい。気前よくお返事したわりにはその数分後には「今日、タクヤの家でゲームもって集合な!僕通信ケーブル持ってくから!」「わかったー」「OK牧場!」などと、さっきの威勢のいい言葉はどこいった風にもう今日の遊ぶ予定を入れている。もちろんおれも行ったけど。
「いえーい!俺がいっちばーん!俺がさ~いきょうっ!!」
今日も今日とて伝説メインのアタック重視戦略タケルが最強となった。この頃は、何かにつけて最強と言い合いたかったのだ。おれなんてそいつを捕まえられず倒しちまったっていうのに、タケルは兄からの助言を得て無事捕まえることができたようだ。クッ、これだから兄貴持ちは。父親や男兄弟がいるところはいいよな~、とうっかり羨んでしまった。
それからも数戦したが、結局タケルが総合優勝、次点でナオヤ、三位にタクヤとおれともう一人は表彰台に上ることができなかった。表彰台といっても、ソファの背もたれに立ったタケルと、ソファに立つナオヤ、床に立ったタクヤと座るおれ達といったしょぼい差だが、その差がいやに高く見えた。
学校のチャイムが聞こえた。これはタクヤの家の近くにある中学校から発するクラブ活動終了の合図であったが、おれたちにとってもこの音が終わりの合図であった。慌てて各々持ち寄ったゲーム機をナップサックに入れ始めたおれ達はもう既に「次はいつにする?」と口々に言いあう。月曜と木曜に塾のあるタクヤは「今週のスケジュールは~」とか気取ったことを言っていたので、みんなでどついた。
自慢の愛車ならぬ愛自転車にまたがり無意味にギアを操作する。途端に重くなったり軽くなったりする感覚がたまらなく楽しかった。そしてこれまた無意味に立ち漕ぎを披露したり、両手離し~なんて事を自慢げに言い合いそれぞれの帰路につく。
この時間にもなると、昼間のうっとうしいくらい眩しく見える白い壁が、薄暗い暗闇にのまれているようで少し怖く見える。そんなここがおれの家。
「ただいまー」
扉の横にある造花のプランターの下、そこに家の合い鍵があることは保育園のころから知っていたし、お母さんからも教わっていた。
「おかえりー」
その声が聞こえたのは玄関の隣にある台所からだった。パタパタと慌ただしく靴を脱ぎ、手も洗わぬまま台所に滑り込む。
「ねぇ今日のご飯なに!」
「もう、だめじゃない。ちゃんと手を洗ってこなきゃ。あとお靴はちゃんとそろえたの?それができないんじゃあ、答えてあげません」
「えー!いいじゃんケチ!…わかったよ、手も洗って靴も添えてくるから、ね?それだけ教えて?」
「ほんとにもうこの子ったら。今日はからあげよ」
「からあげ!やったー!おれご飯の中で一番からあげが好きなんだよなー」
「あらー?そんなこといって、前は俺が好きなのはカレーだって言ってなかった?」
「あ、いやそりゃカレーも好きだけど、からあげが一番だもん!本当だよ!」
「ふふっ。わかったわ。それじゃあ靴をそろえて手を洗って、ついでにうがいもしてきなさい」
「はーい」
今日も今日とて大切な献立チェックには余念がない。カレーだとテンション倍。からあげだとテンション三倍。肉をかむ時になるカリッとした音と肉厚で弾力のある身、そして口いっぱいに広がる肉汁の味。それらを想像し心のよだれをふきながら足早に洗面所に向かう。
余談だが、おれの母さんはちょっとした自慢だ。お料理が上手で色塗りもうまい。お裁縫も、ミシンは苦手みたいだけど手縫いならあっという間に縫ってくれる。母さんには絶対に言わないし誰にも言わないけど、友達のどのお母さんよりも若いし美人だと思う。そしてなにより優しい。怒っている姿を見たことがない。何度も言うけど絶対本人には言わないけどな。
「あ、そうだ。母さんに聞きたいことがあるんだ」
「え?」
期待通り今日のご飯はおいしかった。なにせからあげだ。まずいわけないし作ったのが母さんというだけでどんな料理もうまくなる。今はご飯を食べた後の優雅なテレビ視聴中。適当につけた今話題のお笑いを見ていたちょうどのそんな時、ふと今日出された宿題を思い出した。週に一回の授業なので次まで時間はあるが、覚えているうちに聞いてしまおう。
「学校の宿題でさ、名前の由来を聞いて来いってのがあって、おれなんでこの名前になったの?」
「え、今日は宿題がないって言ってなかった?」
「えっ!あ、こ、これは次の水曜日までに聞いて来いってやつだから、そんなに急じゃなかったんだよ……」
「あー、そういうことね。んー、名前の由来かー」
そう言った母さんの顔を覚えていない。正確にいうと見ていなかったのだ。おれがテレビに夢中になり視線をそらせなかったから。ただ気配で手に持っていたコップを机に置いたのは分かった。
「そうね、―――やさしい男になるように。私と、あの人の願いをあなたにたくしたの」
「えっ?」
ほんの少し、いつもの母さんの声じゃないような気がして横を見た。母さんは無理に笑った笑みではなく、静かにただうっすらと口角を上げていた。
こんな状態じゃなければはっきり言って思い出さなかったであろう古い記憶。逆によくこんなことを覚えていたなと感心してしまう。
ところで、なぜ今こんなことを思い出しているのかときかれれば、早い話が走馬灯だ。俺は今冷え切った道路に前のめりで倒れこんでいる。
都会のアスファルトは思った以上にスベスベしているのだと、知りたくもなかったが現状として俺はそのアスファルトに頬擦りしている状態だ。目の前に見えるのは誰かが吐き捨てたガム。勘弁してくれ。
丑三つ時、なんて言い方は古いが大体そんな時間。いかに都会とは言え閑静な住宅街でこんな時間に歩く者はいないと経験則でわかる。俺以外。
なのに今日は人の気配があった。うしろをゆっくりと歩く音がしていたから。身長180オーバーの成人済み男児とはいえ、怖いものは怖い。足早に帰路につくためさらに大きな一歩を踏んだ瞬間、トンと軽い衝撃が来た。何事か!?と後ろを振り向こうとしたが、瞬間じわりじわり……ギチチィ!とすさまじい激痛が背中から伝わった。手に持っているそこそこの重さがあるであろうビジネスバッグを振り回そうとしたが、その時にはさっきまで持っていたバッグが鉛のように重くなっているのを感じ、振り回すどころか持ち続けることすらできないでいる。
(咄嗟の時ってマジで声が出ねぇんだな)
変なことを知ってしまった。膝から崩れ落ちた体はもう言う事を聞いてくれない。あらゆる部位が弛緩して来たのを感じそれに抗うことなうアスファルトへダイブする。
(ああ、あの時ミホちゃんに謝っとくんだった)
(ツチヤに次の取引先のこと何にも伝えてないわ)
(かあさん、……ごめん。おいていくこと、なりそう)
郡上やさお。享年27歳。酸いも甘いも分かり始めたであろうそんな今日この頃、先立つ不孝をお許しください。
かすかに見えたここら辺の地域を代表するのまぁるい街灯。最後に見たのはそんな無機質なものだった。
「――ィ………ん」
(んーー、だよ)
「――ィ、ちゃ…ん!」
(だから、なんだよ……)
「こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ!」
(大丈夫だよ、だってこんなにポカポカしてるんだし)
「起きてよ、お兄ちゃん!」
(大丈夫だってミニア。兄ちゃんはこれぐらいで風邪なんて………え)
ガバリ!何かに突き動かされるように慌てて上半身を上げると、近くで「ゥキャッ」という少女特有の甲高い声が聞こえたが、正直それどころではない。後で気付いたが、常であればあの速さで体を起こすとめまいを起こす体質の俺が、とくにそういったこともなかった時点で異変に気付くべきだった。
(なんだ、ここは……)
ここ最近で話題となった都会に寄り添う森、なんてかわいらしいものではない。
青々とした木々の緑、ぷかりぷかりと浮かぶ白い雲に、誰にも捕まえられない空の青、少し先にぽつりぽつりとあるログハウスのような建物。俺は、ここを知らない。
「もう、お兄ちゃん。急に起き上がるからびっくりしたよ。……お兄ちゃん?」
「………なぁ、ミニアここは。……えっ」
俺ははっと自分の口を押えた。今俺は何と言った。俺は、今、だれの、いや、この少女の、何を、いやわかっている。なぜかそう確信している。俺は今、この少女の名前を呼んだのだ。知りもしない少女の、名前を。
少女は不安そうに見ていたが、俺が口を押えたのを見て体調が悪いと思ったのか、「お、お兄ちゃん大丈夫!?まって、吐くんだったらまって、いま穴を掘るから!」とせっせと小さな手で土を掘り起こし始めた。大切な妹の手を汚させたくない。なぜそう思ったのか、自分でもわからない。けれどそう考える前に俺の手は妹の動きを制していた。
「あ、いや、大丈夫。ごめんな、心配かけて」
「ううんいいの。ね、おうちにかえろ?匙師様にもみてもらお?」
「(さじし?)いや、本当に大丈夫だから。誰にも内緒だぞ」
「……わかった。でも本当に無理しないでね。気持ち悪くなったらすぐに言ってね」
「ああ、わかってる」その言葉が言えたかどうかは定かでないが、特にその後何かを言われることもなかったからちゃんと声に出すことができたのだろう。ミニアは俺を支えるようにそっと背中に手を当ててくれた。ゆっくりと立ち上がった俺は、ここにきてようやく少女であるこの子と大差ない体格だという事を知った。
毎日投稿は厳しいと思われます。
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