過ぎていく日々
微かな風が通ったのを頬に感じた。微睡みの中にいた私は薄っすらと目を開ける。風が通った方に顔を傾けると、ディオンがサンルームの入口にいた。
「ごめん、起こしちゃったね」
ドアを音が立たたないようにゆっくり閉めていたディオンと目が合う。私は優しく微笑んだ。
「うとうとしていただけだから、謝らなくていいわ。それにディーが来ているなら起きていたいもの。おかえり、ディー」
ディオンが王立学院に入学してから一年程。私も学園に入学できる歳になったが、予定通り通わずに家庭教師をつけて勉強している。今日は休養日だ。ディーも学院は休みだろうが、研究室には毎日行っているから今日もその帰りだろう。時計を見ると思ったより時間が経っていた。本当に眠ってしまっていたらしい。
「ただいま、フィア。そう言ってくれるのはとても嬉しいけど、俺はフィアの寝顔も好きだよ」
恥ずかしげもなく言うディオンに対して、私は顔を赤くする。
「もう、そんな恥ずかしいこと言わないで!今度から絶対にディーが来たときは起きておくわ!よろしくね、マリー!」
口を尖らせて抗議し、起こしてもらえるように控えていたマリーに頼む。
「はい、かしこまりました」
マリーは目を細めて頷いてくれる。
「えー。そんなこと言わないでよ、フィア」
いつの間にか私が座っている肘掛け椅子の前までディオンが来ていて、私の顔を覗き込むように見る。
「だめ!恥ずかしいわ」
顔を背けて見られないようにすると、ディオンの手が私の髪の毛を掬う。
「俺はフィアならどんなフィアでも大好きなんだ」
声変わりして以前より低くなった声で、甘い言葉を放つ。そのまま掬った髪に口付けるのを視界の端に捉えた。
ディオンの吐息が自分の近くにあるのを感じる。
「……う」
「フィア、だめ?」
ねだるように甘えた声を出すディオン。耳もとで囁かれるのに弱いことをきっとわかってやっている。
背けていた顔をディオンの方に向ける。息がかかるような近さにある、ディオンの眉が下がった表情に一つ溜め息を吐いた。
私が一番弱いのは、ディオン自身にだ。ディオンの額と私の額を合わせる。
「……少しだけならね!でもディーが来てる時は私も一緒に過ごしたいの……」
そう言ってディオンの服を掴むと、ディオンは綻ぶように笑った。
「うん、わかった。俺もフィアと一緒に過ごしたいから、少ししたら起こすようにする。ありがとう、フィア」
私の頭を優しく撫でながら真っ直ぐ私を見てお礼を伝えてくるディオンに、私も笑みが零れる。
「うん。……マリーもそう、お願い」
恥ずかしくて小さな声になってしまったけれど、先程のお願いを撤回する。
「はい、かしこまりました」
マリーは先程よりも優しい声で返してくれた。