魔力渡し
裁縫箱を片づけ終わると、マリーがちょうど紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
陽光降り注ぐサンルームで和やかなティータイムを過ごしていると、ディオンがカップを置いた。
「フィア、魔力渡しをしよう」
「ええ、わかったわ。今日は魔力を使う授業はなかったの?」
日課の魔力渡しを申し出てくれるディオンに私もカップを置きながらそう聞くと、目を逸らされた。
「ああ……うん」
その様子にすぐに嘘だとわかり、溜め息を吐く。
「あったのね。また手を抜いたの?」
「俺はフィアに魔力渡しを毎日するっていう使命があるからね。それにちゃんと先生に許可は取ってる。筆記試験で良い点取るので実技はしませんって」
責めるように言うとディオンはむしろ開き直るように胸を張って堂々と言う。
「それは……許可をとっているっていうのかしら……?」
頭に手を当てて考えてみるけれど、どう考えてもただの宣言だろう。
「ちゃんとわかってくれる先生もいるよ」
「わかってくれない先生もいるのね」
「いいんだ、筆記試験は完璧にするから」
王立学院の難しい試験に対して完璧にする、なんて言う。流石入学試験で満点をとり、首席入学を果たしたディオンだ。
元々王立学院は一芸に秀でた者も入っている事が多い。実技はしなくても筆記で飛び抜けていれば大丈夫なのだろう。
しかし心配はしてしまう。
「もう。だめだったらお父様からしてもらうからいいのよ」
その言葉にディオンは不貞腐れた顔をする。
「俺がなるべくしたいんだ。それにダートン様だって俺の方が魔力渡しは上手いからって、魔力をわざわざ俺に渡してからフィアに渡しているだろう」
その言葉に何も返せなくなる。事実その通りなのだから。
「ほらフィア、手を出して」
そう笑顔で言ってくるディオンに、困ったように笑ってから手を預けた。
魔力循環不全漏出症は原因不明の病だが、対症療法は存在する。その一つが他人からの魔力渡しだ。
魔力がうまく行き渡らずに漏出するのであれば、補充をしよう、ということだ。
ただし魔力同士には普通相性があり、私と一番相性がいいのはディオンだった。
しかし、お父様は私と合う相性の魔力に合わせることができる。なんでもお母様と相性が合わなかった為に必死で魔力の波長を変えて、相性を合わせられるように調整したらしい。
ちなみにディオンもお父様から教えてもらい実際に使っている。更に私に魔力が合うようにできたと喜んでいた。
その上でディオンは私が病になった時から勉強している医療知識で、どのくらいの魔力をどこに流せばいいかを完全に把握している。
それがディオンが一番上手く魔力渡しをできる理由だ。お父様にも教えているらしいけれど、やはりディオンから貰うのが一番心地良く魔力が流れているように思える。
もともと魔力渡しは魔力欠乏症という病気の為に開発されており、通常は魔力をただ渡すだけのものだ。魔力欠乏症はその名の通り魔力の欠乏から起こる病なので魔力を渡しさえすれば問題なくなる。
それをディオンは私の病気の症状に合わせて改良したのだ。
「じゃあ、魔力を流すよ」
ディオンに声を掛けられたので、頷いて返す。
そうすると、あたたかい力が自分の中に入ってくる感覚がした。様々な器官に行き渡る魔力が自分の身体の鼓動を教えてくれる。この瞬間は普段よりも身体が楽に感じる。
「ディー、いつもありがとう」
ディオンのあたたかさを感じながら、笑顔でお礼を言う。ディオンは笑って応えてくれた。
毎日魔力渡しをしてくれ、私の病気を治そうと頑張ってくれているディオンにはとても感謝している。
しかし、それでも私の病気の進行は当初予想されていたよりも早く進行していた。
降り注ぐ傾きかけた太陽の光が、目に染みた。