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私とディオンの成長


 11歳になると、2年前は練習中だった刺繍も上手くなった。ディオンには練習中でも欲しいと言われるものだから、私の手元にはほとんど刺繍したものは残っていない。今はきちんとしたものをディオンに渡すためにハンカチに刺繍をしている。練習中の刺繍よりもちゃんとした刺繍の作品を多く渡すことが今の目標だ。端切れに練習したものまで持っていってしまうから、ディオンには困ったものだった。


 日が高く登りきって降り始めた頃、お気に入りの小高い丘の木が見えるサンルームで刺繍の仕上げをしていると、屋敷の門が開くのが見えた。通ってくるのは王立学院の制服を着たディオン。

 ディオンは私に気づくと手を大きく振る。私も同じように振り返す。ディオンが来るまでに刺繍を仕上げてしまおうと、必死に手を動かす。刺繍の出来はよくなっているはずなのに、前よりも手の動きは遅い。一度目を瞑ってから、出来上がった刺繍の端の糸を結んでから、切る。ディオンが廊下を早目に歩いているのが見えたから、もうすぐここに来るだろう。刺繍の道具はそれまでに片づけられそうにない。 


「フィア、ただいま!」


 12歳になったディオンは、王立学院に通い始めた。12歳から18歳の6年間通う義務がある学園の中、試験で突出した才能を見せるか、とても優秀な成績を収めた者だけが通えるのが王立学院だ。

 私は身体への負担が大きくなる懸念から12歳になってもどこの学園にも通う予定はない。その代わりに家庭教師をつけてくれるとお父様は言っていたから、学力面での心配はなく、それで義務も果たせる。

 歳をとる毎に身体が弱っていっているのが、自分にもわかるようになっていた。 


「おかえり、ディー」


 笑顔でディオンを迎える。ディオンは学院が終わると必ず私のところにやってきてくれる。


「フィア、刺繍していたんだね」


 片付けられていない刺繍の道具を見て、ディオンが言う。


「ええ。ディオンに渡そうと思って、ハンカチに刺繍したの」


 そう言って、ディオンに折り畳んだハンカチを渡す。


「え!俺にくれるの?ありがとう、フィア!」


 そうして手に取ってまじまじと見る。木の蔦を模した縁取りをディオンの手がなぞる。四隅に刺繍したのは白詰草だ。


「わあ……。すごく綺麗にできてるね。広げて見てもいい?」


「ありがとう、ディオン。うん、見て」


 ゆっくりと丁寧に、ひとつひとつ広げていく。……ディオンのこういう小さなことでも大事にしてくれるところを、とても愛しく想う。

 広げ終えると、あっと声を上げる。


「ひとつだけ四つ葉がある。ふふ、フィアはすごいや。俺、こうやって四つ葉を見つけたら、毎回幸せな気分になれるよ」


「ディーは大袈裟ね」


「大袈裟じゃないよ。フィアからもらったハンカチってだけでも幸せなのに、こうやって幸運も見つけられるんだから」


 そう言って屈託なく笑う。私も喜んでくれたことが嬉しくて自然と笑顔になった。


「そういえばディー、学院はどう?」


 聞きながら刺繍を片づけ始めると、ディオンはハンカチを丁寧にゆっくりと畳む。そして机の上に置いた。嬉しそうに見ているのを見ると、おそらく今日はそこに置いたままティータイムを過ごすらしい。ディオンが学園から帰ってきてから遅めのティータイムを一緒に楽しむことが日課になっている。今頃マリーが紅茶を用意してくれているだろう。

 ディオンはハンカチを置いたあとは片づけを手伝ってくれる。何気にいつも針を一番に片づける。刺繍をしている間は針をずっともっているのに、それ以外では私に触れさせたくないらしい。ディーってば過保護すぎなのよね、そう考えて笑う。


「正直フィアがいないから学院生活自体はつまらないよ。授業も今は総合的な感じだし。2年次からは医療薬師専攻が選べるからそれは楽しみだけど。まあ今でも、王立学院の医療薬部と王宮医療薬師院は合同研究棟になってるから、時々見学に行かせてもらってる。色んな研究してるから、いい勉強になるよ」


「そうなの?」


「うん。俺が論文を発表したから知ってくれてる人も多くて、話しかけてくれたりするよ。そうだ、あの論文を発表した時、王宮医療薬師長のフェリクス様が興味を持ってくれて、時々俺に会いに来てくれるって話しただろ?それで俺が王立学院に入ったからさ、来月からフェリクス様が主宰者の研究室に入れることになった。フェリクス様も魔力循環不全漏出症の研究をしててさ、論文を読んだこともあるんだけど今までは症例が少なくてなかなか本格的には研究できてなかったみたいなんだ。でも論文で新たな症状を発表した俺がいるから本格的に研究を始めるって言ってくれたんだ」


「すごいわ!ディー!」


 片づけていた手を止めて、両手を叩いて祝福する。あまり大きな音にはならなかったが、ディオンは嬉しそうに笑った。


「ありがと、フィア」


 そう言い、ディオンも片づけるのをやめて私の両手を握る。ディオンの空色の瞳が私を真っ直ぐに見た。


「これで魔力循環不全漏出症の研究がもっと捗るよ。フェリクス様の知識も借りられるんだ。……フィア、これからもっと協力をお願いするかもしれない。それは、大丈夫?」


 心配そうに空色の瞳が揺れている。


「ふふ、私のためにディーがやってくれていることだもの。もちろん大丈夫よ、協力するわ。どんなことでも言ってね」


 笑ってそう言うと、ディオンは何故か眉を寄せて厳しい顔をした。


「……その言葉は心配になる。俺以外から協力の要請があったら必ず言ってくれ。俺が判断する」


 ディオンの言葉に目を瞬いた。私はひとつ溜め息をついて苦笑する。


「もう、心配しすぎよ。それに、魔力循環不全漏出症の研究者は多くないのでしょう?たぶんディーか……さっき言っていたフェリクス様くらいじゃないかしら?」


「それでもだめだ。知らないと俺が心配なんだ」


 先程フェリクス様のことを頼りにしていたはずなのに、これだ。一体なんの心配をしているのだろう。おかしくなって笑いが零れる。


「ディーってば。本当に過保護なんだから」


「可愛いフィアを心配するのは当たり前だろ?」


 そう言って、繋いでいた手に口づけを落とした。私は突然のことに真っ赤になる。ディオンは楽しそうに笑っていた。


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