―見えない笑顔―
重々しく閉まった重厚な扉を目に映していると、隣から音が聞こえた。
「ディオン様」
自分への呼び掛けだと一拍遅れて気づいたのは、慣れない声だからか。それとも全ての感覚が遠ざかっているからなのか。
その事を深く考えるのも面倒で、しかし呼び掛けには答えなければとまだ残っている常識の中で考えた。
「なんでしょうか、アデライン王女殿下」
礼儀として王女殿下に向き直り返事をすると、こちらの顔を見て彼女はほんの少し目を伏せた。
それでも強い意志を抱いた瞳を俺に向けて口を開いた。
「……貴方方を巻き込んでしまったことは悪く思っています。けれど私は……兄を独りにはしたくなかったのです。……ですが……この夜会での出来事は……全てなかったことになるでしょう」
王女殿下の言葉に俺は目を逸らす。
国王陛下の承認がない婚約破棄も婚約も意味を成さないことをアデライン王女殿下も理解しているのだ。
けれど……それはあくまで周囲から見たものだ。
俺は実際にフィーリアに『婚約破棄をする』と伝えて傷つけた。その事実は決してなくなることはない。フィーリアを傷つける方法しか思いつかなかった俺が、この先もフィーリアを守っていけるのかどうかさえ……。
あれだけ守ってみせると息巻いていたのに、実際は守れなかった。俺はもう……フィーリアの隣に立つ自信がない。
俺しか隣にいらないと努力してフィーリアの隣に居続けたのに……なのに、俺はフィーリアを傷つけて隣にいられないと言うことしかできなかった。
もう俺の中には、後悔しかない。その後悔をどうして忘れてフィーリアの隣にいられるというのか。
何も答えない俺を、アデライン王女殿下は訝しげに見た。どんな顔を俺はしていたのだろうか。俺の顔を見た王女殿下は大きな目を見張る。
「まさか貴方は……もう、戻る気がないのですか……?」
声を震わせながら問い掛けられた質問に俺は扉の方へと体を向けた。
王女殿下の話はただの事実だけだ。何かを変えるものではない。……それに何かが今から変わったとしても……もう、遅い。
「フィーリア嬢に婚約破棄を告げたのは私です。彼女を深く傷つけた私が今さらどんな顔をして彼女の前に戻れと言うのですか」
淡々と紡いだ言葉は、思った以上になんの感情も入らなかった。
俺の言葉にアデライン王女殿下はその瞳を揺らす。きっと婚約が元に戻ればそれで解決する話だと思っていたのだろう。
そういった甘い考えは王女といえどもまだ俺よりも年下の少女なのだと認識した。
「ですが……」
それでも食い下がろうとする王女殿下を一瞥してから口を開く。
「アデライン王女殿下、これはなかったことにならない、もう起こったことなのです。なかったことになったからといって、現実が過去に戻るわけではありません」
俺は整えるように息を吸う。
「私には……もう、フィーリアの隣に立つ資格は……ないのですよ」
そう。俺はもう、フィーリアの隣には立てない。
その事実を自分の声で告げたことが、深く心に突き刺さった。
――そうだ、俺は……もう二度とフィアの笑顔を見れないんだ。
いつも俺を笑顔で迎えてくれていたフィーリア。
木漏れ日の下で蜂蜜色の柔らかい髪を揺らして若葉色の目を細めるフィーリアの優しい笑みを、俺の誰よりも大好きで大切で愛しい人の笑顔を……俺はもう二度と見れない。
わかっていたはずなのに、今更思い知る。
もう二度と、俺の世界は色づかない。
冷たい静寂がその場を満たした。
読んでいただきありがとうございます。
また更新が遅くなってしまいすみません。
明日の15時に、今後の活動についての活動報告を書く予定です。興味がありましたら読んでください。
どんな活動をするかの話なので小説を書くのをお休みするとかの話ではありません。
こちらの作品は以前にも書いた通り、年内には完結させようと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。




