―冷たい雨―
俺の周りの人達が力を尽くし......それでも時は無情に過ぎた。
オズウェル第二王子殿下の提案を退ける方法は、期限前日の夜になっても見つからなかった。
叩きつけるような雨の中、俺はトルメリア家の門前で馬車を降りる。御者に差し出してもらった傘の下で、俺は地面を暫し見つめた。
それでも俺を昔から見守ってくれている老年の御者を、長い間冷たい雨の中に居させる訳にはいかない。
俺は前を向いて歩き始めた。
雨雲が周囲を暗くする中で、トルメリア家の屋敷は明るい。それはいつも温かいフィーリアとダートン様のようで、俺は歪みそうになる顔に力を入れて耐える。
もう……俺はこの温かい雰囲気を、いつも優しさ満ちたこの家の空気も……感じることはできなくなる。
手を強く握り締めながら玄関へと向かう。その間にふと見上げてしまったのは、フィーリアの部屋だった。
そして目が合ったフィーリアは顔を緩めた。花が綻ぶように笑うその顔は、嬉しさに満ちていた。
その顔を見て、そういえばフィーリアと家に入る前にこうして目が合うのは一週間ぶりだと考えた。
そんなことにも気づいていなかった俺は、どれだけ視野を狭くしていたんだろう。
――だから……俺は、こんな解決方法しか……思いつけないのか。
光の中で優しい若葉色の目を柔らかく細め手を振っているフィーリアは、とても綺麗で……いつも温かく俺を迎えてくれてた。
なのに俺は……一番愛しいフィーリアの隣には……もう、行けない。
その事実が、俺の顔を辛く歪めてしまった。
フィーリアが驚いたように若葉色の目を見開くのが見えた。
その表情に我に返る。フィーリアの前ではなるべく笑顔でいるように心掛けていたのに。
それはフィーリアがいつも笑ってくれているから……俺も笑顔でいたいと思っていたからだ。
俺はフィーリアに顔を見せないように伏せた。せめて笑顔を浮かべて返さないと、と思うのに、それが作れない。……いや、笑顔を作ってもフィーリアを心配させるだけだろう。
だから俺は…………そのまま、下を向いた。俺は……もう何も、フィーリアに贈ることは……できない。
フィーリアの視線を振り切るように歩き出す。
御者が戸惑ったように遅れて歩き出した。いつもなら朗らかに話し掛けてきてくれる小さい頃からの付き合いの御者も、何かを察してはいるのだろう。何も聞いてこないのをいいことに俺は黙ったまま玄関へと向かう。
玄関へ着くと待ってくれていたトルメリア家の執事が玄関を開けてくれる。毎日来ていた俺に優しい笑みでいつも迎えてくれる執事は……トルメリア家に訪れている中で初めて、辛そうな表情を浮かべていた。
いつの間にか雨と風は更に勢いを増して、雨粒が冷たく俺の頬を打つ。
ふと視線を落とすと、自分の手のひらに爪が食い込んで傷がついているのが見えた。
自分を傷つけないように気を付けていた理由は、もうなくなってしまった。
雨粒が、冷たく頬を伝って落ちた。
読んでいただきありがとうございます。
更新が遅くなって申し訳ありません。
なかなか書けませんでした……。
これからも読んでもらえると嬉しいです。




