―焦燥―
「アデライン王女殿下と……!?」
驚きの声を上げたダートン様に頷く。
「はい……」
俺はオズウェル第二王子殿下から呼び出された後、すぐにダートン様の元に来た。
父も兄もいない中、俺が頼れるのはダートン様と母だけだ。
今はエルヴィス殿下も奔走してもらっている最中だ。更に話があった事は文に認め置いてきたが、これ以上はいくらエルヴィス殿下でも動けないだろう。特に……事は、謀反の疑いさえ……匂わせるものだ。
俺の様子に眉を寄せた苦々しい表情のダートン様は信じられないように呟いた。
「……それは……フィーリアとの婚約を破棄、して……なの、か……」
「…………」
その問いに、頷く事はできなかった。俺は……フィーリアと婚約破棄など……したくない。
無言でいた俺を見て、肯定ととったのだろう。ダートン様は深く目を瞑った。
きっとダートン様もこの件の危険性について考えているだろう。
……本当にどうして、こんなことになっているんだ。
「……受け入れなくていい、ディオンくん」
ダートン様のその言葉に、俺は唇を噛み締めた。
「しかし、オズウェル第二王子殿下は本気です。俺は…………フィアを、少しでも危険には晒したくないのです!」
婚約破棄などしたくない。けれど、それで危険に晒されるのはフィーリアだ。
その事を考えると気が狂いそうになる。
ダートン様は俺の肩に手を置いて落ち着くように目を合わせた。フィーリアと同じ、優しい若葉色の瞳。
「わかっている、ディオンくん。だが事は大きくなり過ぎている。これを聞けば国王陛下も王太子殿下もすぐに対応するような事態だ。アデライン王女殿下との婚約など、実現する事はない」
貴族の婚約でも国王陛下の許可がいる。
王女殿下の婚約ともなれば、国王陛下からの許可は必須だ。そうなった時、国王陛下が俺とフィーリアとの婚約を許可しているのに、それを勝手に破棄して結ばれた王女殿下との婚約を許可する事などあり得ないだろう。
だからそのダートン様の言葉に頷いてしまいたい。なのに、頷けない。
俺は不安に震える声を絞り出す。
「しかし三日です……!今は陛下も王太子殿下の御二人とも他国に訪問しています!他国にこのような事を伝えることはできません……。そうなれば、いつ戻って来られるのか……!!」
どうしようもない焦燥感と恐怖で喉が詰まりそうになる。
そうだ。俺のとる手段は一つしかない。
フィーリアと婚約を破棄するのは何よりも嫌だ。けれどそれ以上の恐怖が、目の前に迫っている。
「ディオンくん……しかし……」
顔を歪めたダートン様の言葉を首を振って遮る。俺やフィーリアの事を想って止めようとしてくれているのは分かっている。
「……わかっています……。でも……俺は何よりフィアが大事なんです……。もしも……もしも……陛下や王太子殿下を待っている間に……フィアに何かあったらと思うと……!!」
考えただけで襲う虚無感に胸元を掴む。底なしの不安が胸の中を覆っていく。落ち着かないこの気持ちは、フィーリアの病を知った時の心に似ていた。
それでもダートン様は否定するように首を振る。
「ディオンくん、駄目だ。フィーリアは君のお陰で生き生きと生きているんだ。君が婚約者ではなくなったら……フィーリアはきっと……生きる希望を失ってしまう……」
沈んだ声で告げたダートン様に目を伏せる。
……フィーリアを深く傷つけてしまうのはわかっている。けれど……それでも……危険に、晒したくない。
自分の拳を強く握り締めた。……爪が、自分の掌に深く喰い込んだ。
「ディオンくん……君は……きっとフィーリアと婚約を解消したら、もう婚約をしないつもりだろう?たとえ陛下達が戻って来てアデライン王女殿下との婚約を無効にされても……君は、もう一度フィーリアとは婚約しないつもりだろう?」
ダートン様の言葉に目を瞑った。
俺が考えていた事は……ダートン様にはお見通しらしい。
俺はフィアを傷つけるとわかっていることを選択するんだ。謝って許してもらおうなどと……そんな虫のいいことを考えられるはずもない。
「……フィアを傷つけるとわかっていて……婚約を破棄したなら……もう一度なんて……言えません……。でも、安心してください。フィアの治療は続けます。フェリクス様にフィアの診察などを任せる事になるでしょうが……それでも、研究は続けていきますから……」
フィーリアの隣にいられないのは辛い。けれど、それでも……フィーリアが生きていてくれればいい。
ダートン様は俺の肩を力強く掴んだ。まるで繋ぎ止めるような強さに、俺は目を見開いた。
「そういう事を言っているんじゃないんだ、ディオンくん!私は……フィーリアにもディオンくんにも幸福に……ずっと二人で幸せに暮らして欲しいんだ!!」
「ダートン様……」
辛そうに顔を歪めたダートン様から出た言葉に、目が潤んだ。
「だから……考え直してくれ、ディオンくん……」
ダートン様は若葉色の瞳で俺を見据えながら細い声で懇願する。
俺はダートン様のその様子に、ひとつ息を吐いた。
「…………俺も……フィアと婚約を破棄したくはありません。だから……期限まで……何か報告がないか、待ちます」
そう、だ。焦ってしまったけれど、まだ期限はある。その間に……何かが変わる可能性もあるんだ。
今のいままで、冷静ではなかったことに今更気づく。
ダートン様は俺の言葉に少し顔を明るくした。
「ああ……!その間に連絡を取ろう……!」
「はい……」
ダートン様の言葉に、願いを込めながら頷いた。
……それでもずっと、オズウェル第二王子殿下の言葉が鉛のように重く心が沈んだまま。
決断の日は、迫っていた。
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更新がかなり遅くなってしまってすみません。
また来週の金曜日に更新できるよう頑張ります。
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