―オズウェル第二王子殿下―
オズウェル第二王子殿下の使いに呼ばれた時、嫌な予感は走った。しかし一貴族である俺が王子殿下の呼び出しを断ることは許されない。
「君が、ディオン・ユーフィリウムか」
重々しい口調。
俺は頭を垂れながらエルヴィス第三王子殿下とは違う存在感に背筋が粟立った。
エルヴィス殿下は研究仲間に近い考えをしている方なのだ。だから話す時も気安くここまで圧を感じることはない。
「はい」
内心の動揺を悟られないように細心の注意を払って返事をする。
「君は王立学院で筆記試験の首位をずっと保っている。すごい事だな」
「……お褒めいただき、光栄に存じます」
何を考えての発言かがわからず、心臓が嫌な音を立てた。
「君はすごい頭脳を持っている。この国の為になる頭脳の持ち主だ。……だが……君の『研究』は、大勢の為ではないな」
「……」
厳しさを含んだ声に、俺は気づかれないように歯を噛み締めた。
大勢の為でないのは当たり前だ。俺がここまで必死に学び続けてきたのは、フィーリアの為でしかない。
しかし今その事を口には出せなかった。
「ディオン。君はその事をどう思っている?」
責めるような音を含んだ声に、一度目を瞑ってから答える。
「……私は今している『研究』が必ず多くの人の為になると思っています。私が研究しております魔術循環不全漏出症の症状は多岐に渡ります。今はそうだと診断されていない者も多く存在し、体が弱いとの診断されている者も多いと推察しております。この病を解明することで快調になる者は今診断されている者以上に多いでしょう。それに今も、研究を進めることで他の病にも応用できそうな技術を見つけております。それは今後発表する予定です」
「その研究に君の私情は入っていないと言えるのか?君の婚約者は魔術循環不全漏出症だ。しかも症状は重度だと聞いている」
取り繕った答えはお見通しだったのだろう。息を多めに吸ってから話す。
「私情が入っていないと言えば嘘になります。私は婚約者の為に研究を始めました。それでも医学を学んだ者として、この国の医療を発展させていきたいという心は持っております。そして……医学に携わる者として全ての病の治療法を見つけようとすることは至上命題です。私は今、その命題に挑んでいると考えております」
「はっ、そうか。面を上げろ」
「……」
嘲るような笑いの後、顔を上げるように言われる。
速やかに顔を上げると、殿下は酷薄な笑みを浮かべていた。
「君の頭脳を私の側で生かすつもりはないか?『医学の神童』と呼ばれたディオン・ユーフィリウムよ」
その言葉に、何が目的か理解する。
俺はフィーリアの病を治すために幼い頃から医療薬師学会で論文を発表してきた。
そんな俺はいつからか『医学の神童』だと呼ばれ始めた。その上王立学院に入学してすぐ、王宮医療薬師長であるフェリクス様主催の研究室に入ったので注目を集めていた覚えはある。
だからか俺はまだ学生であるにも関わらず、いつかフェリクス様のように王宮医療薬師長になるではないかと噂され、俺に近づいておこうとする者も多い。
俺がユーフィリウム侯爵家なのもその噂を後押しする要因だ。
おそらく殿下も同じようなものだ。王宮内にも色々な派閥がある。何者かに取り込まれる前に、もしかしたら未来の王宮医療薬師長になるかもしれない俺を囲っておこうとしているのだと思われる。
正直に言えば面倒だという感情以外は湧かない。俺はフィーリアを救いたいだけなのだ。
それに側で生かせという事は、暫く側近として仕えろということだろう。暫くはそうして信頼関係を築いた後にでも王宮医療薬師として働かせるつもりなのか……深い考えまではわからないが、俺は少しでも早くフィーリアの病を治す方法を見つけなければいけないのだ。側近になっている暇などない。
俺は頭を深く下げながらオズウェル第二王子殿下へと返事をする。
「殿下からの声掛け、誠に光栄でございます。しかし私は研究しかしてこなかった身。殿下の側に仕えるには私は未熟過ぎます。しかし、私は研究でなら必ず国の役に立てるとの自負があります。どうかそうさせていただけませんでしょうか?」
緊張に震えてしまいそうになる。
一旦父に相談するべく持ち帰るべきかとも考えたが、オズウェル第二王子殿下が俺に直接言ってきた事を考えると持ち帰るのは得策ではないような気がした。
オズウェル第二王子殿下は面白そうに笑い声を零した後、言った。
「まあ今はそれでよい。気が変わったら言え」
そのまま下がるように言われ部屋から出ると、俺は冷や汗を刺繍入りのハンカチで拭いた。
オズウェル第二王子殿下の冷徹な美貌に浮かんだ酷薄な笑みが、頭の中にこびりついてしまった。




